相手の立場になって視点を変えよ

新庄剛志といえば、もうひとつ思い出すことがある。

阪神の監督に就任したとき、春季キャンプで新庄にピッチャーをやらせたことが話題になった。その目的は彼に気分よく野球をやらせることだったわけだが、じつはほかにも理由があった。ストライクをとることがピッチャーにとってどれほど難しいことなのか、身をもって理解させたかったのだ。

果たして数日ピッチング練習をやらせると、「ピッチャーって、考えている以上に難しいですね」と新庄が私にいってきた。

「思い切り投げるとコントロールがバラつくし、コントロールを気にするとスピードが出なくなる。コントロールよく全力で投げるのには、相当な技術が必要だということに気づきました」

心の中でニヤリとした私は、新庄にいった。

「そうだよ。おまえが打席に立っているとき、相手のピッチャーもそう思ってマウンドに立っているんだよ」

自分が打席に立っているときは苦しいと思うかもしれないが、相手も同じように苦しんでいるのだということをわかってほしかったのだ。

実際、ピッチャーを経験したことで、新庄は以前のようにクソボールを振ることはなくなった。それまで上半身に頼りがちだったスイングも、下半身を使うようになり、バランスがよくなった。新庄がキャリアハイといってもいい成績を残せたのは、ピッチャーの立場になって考えられるようになったことも大きかったはずだ。

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「打てないキャッチャー」は理解できない

このように、ときには相手の立場からものを考えてみることは、活路を見出すうえでなかなか重要なことだと思う。だから私には「打てないキャッチャー」が不思議でならない。なぜなら、自分がキャッチャーであることを打席で活かせば、おのずと配球を読むことができるはずだからである。

「自分をバッターとして打席に迎えたら、キャッチャーとしての自分はどう攻略するだろうか」

そうやって相手キャッチャーの立場になって考えてみれば、どのように攻めてくるか、ある程度はわかるはずなのだ。私自身、そうやって人並み以上の成績を残せるようになったし、首位打者を獲得した古田敦也を筆頭に、矢野燿大、嶋基宏など私の教え子のキャッチャーがいずれも打率3割をマークしているのがその証拠だ。

一方、誰とはいわないが、いつまでも打てないままのキャッチャーがいる。その選手は、打席に入ると自分がキャッチャーであることを忘れ、ただのバッターになってしまうのだろう。

何事も、相手の立場になって考えてみると、別の視点から物事を見ることができ、新たな発見も多いものだ。相手を思いやる心にも通じる。行き詰まったり、壁にぶつかったりしたときはとくに、そうやって視点を変えてみることをおすすめする。