漢の時代の人が朝起きて最初に耳にした「音」は?

――古代中国人の生活を再現するなかで、特に気をつけられた部分は?

【柿沼】特に大事にしたのが、五感で感じられるものの復元です。たとえば、朝起きたときに最初に聞こえてくる音は何だろう? それを直接残している記録は見当たらないのですが、「ハエやアブがうるさくて夜も寝られない」と嘆いている詩はある。とすると、ハエやアブが枕元で飛んでいる環境だったはずです。

また、建物の構造を調べていくと、どうやら庶民はすぐ近くにブタとニワトリがいる空間で暮らしている。だったら朝起きると、その鳴き声が聞こえてよいでしょう。こうやって行間を読むことを心がけると、いままで史料とは思えなかったものが史料として読めてくる。自分の五感を大事にすると、史料の見えかたがガラッと変わるんです。

――中国史でニワトリといえば「鶏鳴狗盗けいめいくとう」の故事がありますね。戦国時代、孟嘗君が秦国でピンチになり、夜中に関所を通過して国外に逃げようとした。しかし関所はまだ開いていなかった。ちょうどそのとき、孟嘗君のもとにニワトリの鳴き真似のうまい食客がいて、彼がモノマネをおこなったところ、周囲のほかのニワトリも鳴き、門番がもう朝になったと誤解して関所を開けてくれた。こうして孟嘗君は難を逃れたという故事です。本当にそんなことがあったのやら、と首をかしげたい気もしますが……。

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【柿沼】私の立場ですと「ニワトリが鳴く時間に、関所が開く」という部分にこそ興味を覚えます。ニワトリは日の光が差す2時間くらい前から鳴くとされますから、古代中国における関所の開門時間が推測できる。

「孟嘗君が変な食客を抱えていた」「鳴き真似の上手い人がいた」という部分は、もしかすると“お話”かもしれませんが、当時の秦でニワトリが鳴くと関所を開けていたことは確かなはずです。さもないと、説話自体が成立しなくなってしまいますから。

国家財政の数倍のカネを使い放題だった皇帝

――本書は庶民の暮らしも多く扱っています。ただ、個人的に気になってしまうのは「プロローグ」に登場したような古代中国の帝王が、どのくらいぜいたくな暮らしをしていたかです。いかがでしょうか。

【柿沼】人によります。前漢の初期の名君・文帝(位:前180~前157年)は、宝剣の代わりに、革張りの木刀みたいなものをもっていたとされるほど質素だったとされますし。ただ、王朝が安定してきて武帝(位:前141~前87年)くらいの時代になるとゴージャスです。

当時の財政は、国家財政と帝室財政に分かれていました。国家財政は、税収を使ってインフラを整えるとか、役人に給料を払うとか、軍備を整えるとかの、現代人でもイメージしやすい財政のかたちです。

いっぽう帝室財政は、税金の一部が皇帝のお財布に入るというものです。皇帝はそれで何をやっててもいい。皇后をはじめとする後宮などのお金もそれで賄うんですが、じつは武帝期の帝室財政は、国家財政の数倍にのぼりました。民の支払った税金の大半は帝室財政に入ることになっていたのです。

――すさまじい。ちなみに近年の日本の国家予算は大雑把に言って100兆円くらいなのに対して、皇室予算は120億円くらい。宮内庁予算を合わせても250億円くらいです。