古代中国で恐れられていた病気がある。早稲田大学文学学術院の柿沼陽平教授は「それは虫歯だ。当時は治療する技術がなく、痛みに耐え続けるしかなくなる。三国志に登場する曹操もむし歯に苦しんでいたかもしれない」という――。(第1回)

※本稿は、柿沼陽平『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』(中公新書)の一部を再編集したものです。

歯痛
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虫歯に苦しんでいた古代の中国人

官吏や貴族の家では、朝早くから使用人が動きだしている。かれらは井戸で水をむなどの作業をしている。一軒一軒の屋敷に井戸が備わっているところもあれば(※1)、ムラごとに井戸を共有しているところもある。(※2)

身体に烙印らくいんを帯びた家々の奴隷は水を汲むたびに(※3)、井戸で顔をあわせている。分をわきまえた奴隷ならば、ご婦人らの井戸端会議に加わらず、そそくさと水を汲み、主人へ届けたことであろう。

主人とその家族は、井戸から汲まれてきた水で顔を洗い、手を洗う。歯みがきはしない。起床時と食後に口をすすぐだけである(※4)。最古の歯ブラシは唐代のもので、それ以前には確認できない。ほぼ同じころ、古代インドの人びとは朝から木ぎれをくりかえしみ、それを歯ブラシのかわりにしていた(※5)。これを「歯木しぼく」や「楊枝ようじ」というのであるが、こうしたものは古代中国にはなかった。

小さいキリのようなもので歯間のよごれをとることも皆無ではなかったようであるが、それはけっして一般的ではなかった。では、はたして水で口をすすぐだけで、人びとの口内衛生は保てていたのか。

漢代の人びとが日常生活においてもっとも恐れていたのは、ひょっとすると虫歯かもしれない。芸能人でなくとも、歯は命である。ひとたび虫歯となれば、治ることはなく、徐々に歯を侵食してゆく。ヘタをすると、周囲の歯にも魔の手がおよぶ。毎日その痛みに耐えねばならず、それはやがて臨界点を超える。

その苦しみをのぞくには、現代であれば、一時的に痛み止めを服用するか、歯を削るか、抜歯をするなどの手がある。だが当時は、歯を削る技術がなく、現代のように強い麻酔薬もない。例外として後漢末に神医華佗かだが全身麻酔術をおこなったとの伝承があり(※6)大麻たいまによる麻酔技術があった可能性もある(※7)