マドカはトートバッグから、毎日新聞の切り抜きが入ったクリアファイルを取り出した。「読んだ時、これはヤバいって思いました」と笑った。取材を受ける人には珍しく、テーブルにノートを広げてメモを取った。綺麗な字だった。
マドカは、切り抜いた新聞記事や姉から改めて聞いた話のメモを携えて取材に臨んだ「本当に、毎日、毎晩、母親を殺そうと思っていたんで」。話は尽きず、別の日も、また別の日も同じファミレスで会った。インタビューは合計10時間に及んだ。
マドカと2回目に会ったのは、神戸市のAが起こした介護殺人の記事が配信された直後だった。毎日新聞神戸支局が執筆した記事を読んで、介護する家族に殺意を抱くほど追い詰められたAを自分に重ね、かつての自分が呼び起こされたと言った。
介護を家族だけで抱え込む必要はない
中学生の頃のマドカも、誰にも相談できなかった。姉がやりとりをしていたケアマネジャーは見慣れない「大人」で、会う度に緊張してしまったという。もしAが相談してきたら何を言ってあげられただろう、と自問していた。
「Aは周りが見えなくなっていたんだと思う。幼いと自分の世界は狭い。それだけが全てだと思ってしまうんですよ」
「子どもの知識の無さをなめちゃいけない。はんぱなく知識が無い。だから『助けて』と外の世界に手は伸ばせない」
独特の言い回しでマドカは熱を込めた。
SNSやネットニュースのコメント欄でAの親族が中傷されていることに、マドカは心を痛めていた。「一緒に介護しても、一緒に疲れ果てていたかもしれない。家族を責めるだけでは事件はなくならないですよね」
Aの祖母を施設にぶちこめ、と罵倒するネットのコメントには怒りを隠さなかった。
「Aのおばあちゃんは家で暮らしたかったんでしょ? 家族も福祉の人も、じゃあ施設で、と簡単には割り切れない」
介護を家族だけで抱え込む必要はない、と自分も専門家になったマドカは理解していた。
母を理解してあげられなかった後悔
バランスを取って介護計画を考えるのが福祉の仕事のはずだ。専門家たちはいったい何をしていたの? 彼女はそう言うと歯がゆそうな顔をした。
そして「また間に合わなかった」と悔いていた。福祉の仕事に携わる自分ももっと何かできたんじゃないか──。繰り返される介護殺人や虐待事件に、福祉や医療の力不足を感じるという。
福祉の知識を得て、施設で高齢者と接した実感があった。介護現場は創意工夫に満ちていて、介護する方も、される方も笑顔になれる。
27歳のマドカは、介護とはつらいだけのものではない、と思うようになっていた。
「私は母を理解してあげられなかった後悔がある。それと、中学生の頃の私に手を差し伸べられるような人間になりたい」