「備え」がすべて

ミバエ根絶事業について先輩方から何度も聞かされた言葉がある。「火事がなくても消防署は必要だ。ミバエの根絶はこれと同じである」。つまり、一度根絶したからおしまいではないのだ。

国境は一度決めてしまえばおしまいではないことにも似ているかもしれない。諸外国からの再侵入に備えて、常に警戒し、日頃から訓練をしておかなくては、いざという時に初動防除体制を迅速に起動させることは不可能である。そして、再び僕らはミバエの繁殖を許し、蔓延が生じ、一からすべてをやり直さなくてはならなくなる。

人がつくり上げてきた根絶のノウハウと、地域に立ち入った人付き合いの絆は、一度途切れてしまうと再びそれを機能させるのに膨大な時間を要する。その間にも害虫は繁殖し続ける。このリスクを僕たちはもっと感じるべきではないか。

未知の問題に対処する「鍵」

ミカンコミバエやウリミバエの根絶の過程では、研究者と行政と現場が何度もひざを交えて話し合い、一度決めた方針でもデータを基に見直したり、予算を担当者の裁量で再配分したりと、常に現場を見つつ臨機応変な対応がなされた。

1986年に沖縄で根絶されたミカンコミバエ駆除の記録をつづった『よみがえれ黄金(クガニー)の島』という本がある(*5)。秋田から沖縄に赴任し、ミカンコミバエの根絶を成し遂げた著者の小山重郎氏は、同書のあとがきにこう記している。

しかし、わたしはこう考えています。沖縄には本土の、とくに都会にはもうあまりなくなった心のゆとりがあるのです。「雄除去法」というような、未知の問題をふくむ技術においては、状況に応じてやり方を変えていくことのできる、心のゆとりというものが大切なのです。

政策や方針は、決まった出口に向かって走るだけではなく、状況に応じてやり方を変えていくという心のゆとりを取り戻すことこそが、新しい日常という未知の問題に対処する鍵となるのではないだろうか。

■参考文献
*1 Clarke et at. 2005. Annu. Rev. Entomol. 50, 293-319
*2 Koyama J et al. 2004. Annu, Rev. Entomol. 49, 331-349
*3 Koyama J et al. 1984. J. Econ. Entomol. 77, 468-472
*4 『ミカンコミバエ、ウリミバエ 奄美群島の侵入から根絶までの記録』田中章(2020)、南方新社
*5 『よみがえれ黄金(クガニー)の島 ミカンコミバエ根絶の記録』小山重郎(1984)、筑摩書房

関連記事
【関連記事】政府が決して言わない、進化生物学的に見て危険な「日本のワクチン接種計画」の"あるリスク"
「ワイン離れが止まらない」フランス人がワインの代わりに飲み始めたもの
「どんな人なのかが一発でわかる」銀座のママが初対面で必ず確認する"身体の部位"
「ほぼ100%の人が目を覚ます」タクシー運転手が酔った客を起こすときに使う"奥の手"
子どもに月経や射精について話すときに「絶対使ってはいけない言葉」2つ