ミカンが食べられなくなる?

スーパーで買ってきた「ミカン」の皮をむいて家族で食べようとしたところ、子供たちが「ミカンの房の中に白くて小さなものが動いているよ」と言う。眼鏡をかけてよく見るとそれはウジ虫、つまりハエの幼虫だった。この出来事がトラウマとなり、子供たちは以来、ミカンを食べられなくなった──。

実はこれは、1986年まで日本の南西諸島でありふれた光景だった。そんな“過去の亡霊”がよみがえって日本全体に広がる危機に、いま僕たちはさらされているのである。

ミカンの房からウジ虫が湧く日常はなんとしても回避したい。前述のとおり、ミカンコミバエは幼虫がフルーツや野菜を食べて加害する大害虫であるが、近年、世界的にその生息域の拡大が確認されている(*1)

わが国でも、ここ数年、このハエのオス成虫が九州で再発見されるようになってきているのだが、この脅威は、九州以外の地域に住む人には広く知れ渡っていない。

完全駆除を達成した2つの方法

1919年に沖縄本島で発見され、その後南西諸島に分布を広げていったこのハエは、もともとは東南アジアから侵入した外来種とされ、1980年代前半までは南西諸島と小笠原諸島で普通に見られた。

ところが戦後、アメリカ政府の統治下にあった南西諸島が日本に復帰するのに合わせて、島で作った野菜を東京や大阪でも販売できるようにするため、ミカンコミバエを根絶する作戦が開始されることになった。

当時、南西諸島に侵入して定着した有害なミバエ類はウリミバエとミカンコミバエの2種類がいた。政府は2種とも根絶したが、その根絶方法は異なった。

ウリミバエは不妊にしたオスを大量に野に放して、メスが交尾相手のオスと出会えなくすることで根絶させる「不妊化法」という作戦によって、最終的に1993年に根絶を達成した(*2)(参考記事は「こちら」)。

一方、ミカンコミバエにはオスを強力にきつけるメチルオイゲノールという誘引剤があった。この物質をめたオスは、メスにはとても魅力的なオスとなり、配偶の機会がグンと増す。つまりモテモテ状態になる。さらにこの物質を舐めると虫は苦み成分を体にまとうことができ、トカゲなどの捕食者から忌避きひされるようになる。

繁殖と生存で二重に有利なミカンコミバエに変身させるこの秘薬を農薬と一緒にしみ込ませた、およそ5センチ四方の板(「テックス板」と呼ばれる)を吊り下げておくと、その周辺に生息するすべてのミカンコミバエのオスがこれを舐めに来る。そして、農薬に触れて死ぬ。

生息するすべてのオスがこれを舐めて死ぬため、メスは交尾できるオスがいなくなり、根絶に至る。これが「オス除去法」と呼ばれる害虫の根絶法だ。南西諸島のミカンコミバエは、この作戦によって1986年に完全に駆逐された(*3、*4、*5)