敵にも味方にも怪我人を出さないためには相手の戦意を失わせることが必要である。そのためにひとりでも多くの警察官を動員することにした。次に装備を近代化させた。ヘルメットや籠手こてを着用させ、サンドイッチ警備という、機動隊員がデモ隊を両側からはさむ方式を開発した。そんな警備に関しては経験の豊富な山田が、ビートルズ公演に対して本腰を入れることになったのだった。

舞台に近寄らせない、アリーナへの飛び降りを許さない

日本の官僚システムというのは前例があった場合はすべてそれに準拠するが、前例のないことについては現場が会議を重ねた結果、対応が大げさになってしまう傾向がある。ビートルズ来日の時がまさにそうだった。警察は海外スターの護衛という初めての事態に過剰に対応し、会議に次ぐ会議を重ねたのだった。

会議の最中、山田の頭につねに浮かぶのは、武道館にいた女子中学生の「たとえ脚が折れても」というひとことである。彼は協同企画との会議の席上で「日本武道館の一番下のフロアにあたるアリーナには客席を作らないように」と厳しく要請した。アリーナには観客の入場を許さず、警備にあたる警察官だけがビートルズの周囲を固める布陣を敷いたのである。さらに八角形のアリーナを上から見下ろす形になる2階席、3階席の最前列には、鉄パイプで作られた高さ2メートル、幅1メートルの防護柵を設置することを決めた。

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「何人たりとも舞台に近寄らせない。アリーナへの飛び降りを許さない」というのが警視庁の基本戦略となった。つまり、上陸を狙う敵がいる場合は水際でそれを叩くべしというのが彼の作戦意図であった。

最後に山田が決定したことは、民間を対象にした警備では空前絶後であり、当日までは協同企画にもマスコミにも伏せておくことにした。彼はビートルズの警備にあたる警察官全員に白手袋の着用を命じたのである。

「たかが不良の音楽会にどうしてここまで」

「相手は少女だが、押し戻すためには体に触れなきゃいかん場合もある。だが、その様子をマスコミにへんに誤解されてはたまらない。それで白手袋を使うことにした。警察官は皇室や国賓の警備以外では白手袋をはめないことになっていた。白手袋をはめるのは御警衛という特別の場合に限られていた。しかし、あの時は決断した。白手袋をはめていれば御警衛の時の気持ちになる。そうなればファンがいくら過激な行動に走っても警察官は手荒なことはできないだろうと思ったのです」