「その富を投げ打てばどれだけのことができただろう」

いくつかの不安要素は指摘できるものの、石油収入の分配のおかげで所得税、法人税、住民税が課されないサウジアラビアの生活は、世界の多くの人からすれば羨ましく思える。これがさらに嫉妬や憎悪を駆り立てるとしたら、それは富の源泉が天然資源だからであろう。

ある土地に囲いをして「これはおれのものだ」と宣言することを思いつき、それをそのまま信ずるほどおめでたい人々を見つけた最初の者が、政治社会〔国家〕の真の創立者であった。杭を引き抜きあるいは溝を埋めながら、「こんないかさま師の言うことなんか聞かないように気をつけろ。果実は万人のものであり、土地はだれのものでもないことを忘れるなら、それこそ君たちの身の破滅だぞ!」とその同胞たちにむかって叫んだ者がかりにあったとしたら、その人は、いかに多くの犯罪と戦争と殺人とを、またいかに多くの悲惨と恐怖とを人類に免れさせてやれたことであろう?
(ルソー『人間不平等起源論』)

これは、社会の発展が不平等を固定化することを指摘したルソーの金言である。仮に、サウジアラビアが国内で採れた石油を、「アラビア半島で採れたのだからアラブ地域全体の財産だ」「地球から湧き出たのだから全人類が共有すべき財産だ」と叫んで、貧困国や紛争国に配分したとしても、あらゆる問題が根本的な解決にいたるわけではないだろう。それでも、「その富を投げ打てばどれだけのことができただろう」とは、貧困や紛争の当事者でなくとも抱く想いだ。

産油国は資金援助に活発な国々でもある

高尾賢一郎『サウジアラビア 「イスラーム世界の盟主」の正体』(中公新書)

このことを、ほかならぬサウジアラビア、またUAEやカタールといった周辺の産油国はよく知っている。これらの産油国は、世界で最も資金援助を活発に行っている国々であり、とりわけ援助の対象には同胞であるムスリムが多数を占める国・地域が目立つ。筆頭に挙げられるのはパレスチナであろう。報じられるところでは、過去20年間、サウジアラビアは総額65億ドル以上の資金援助を、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)などをつうじて行っている(Al-Arabiya, August 15, 2020)。

オイルショックに見られたように、サウジアラビアはパレスチナ紛争(中東和平)についてはイスラエルを非難する立場を明示しており、パレスチナ人への支援はこの一環として続けられている。また近年では、2015年5月に現国王の名前を冠して設立されたサルマーン国王人道支援・救済センター(KSRelief)が、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の協力のもとでイエメンやシリアの避難民、またミャンマーからバングラデシュに逃れたロヒンギャ難民(いずれも主にムスリムである)を対象に、やはり数十億ドル単位の資金援助を続けている。