幸せになれるのは「優位な立場で無知を貫く人」のみ

また、国家が石油を管理する以上、収入は政府のものとなる。政府はキャッシュを税金の免除や補助金といった方法で国民に分配し、人々に豊かさを享受させる。一方、どれほどの富がどのようなプロセスで管理・運営されているかは不透明である。このため、石油に依存した国家では政府、あるいはその中枢による独裁や汚職が進む。市民が産油国で幸せを感じて暮らせるとすれば、エスタブリッシュメント側による権力の濫用や、それに伴う不平等な社会構造のなかで、自分が優位な立場にあるとともに、そのことに対して無知を貫き続けることが前提となる。

加えて、石油への依存は家父長制を助長し、女性の社会進出を妨げるとも指摘される。産業革命以来、繊維製品などを扱う工場での雇用の大半を女性が占めてきたことは広く知られている。日本では、2014年に世界遺産に登録された群馬県の富岡製糸場(1872年開業)が、女性の労働市場への参加を促したことで知られる。海外では、フィンランドのファッション・ブランドであるマリメッコ(1951年設立)が、雇用創出をとおして女性の自立に貢献してきた歴史を持つ。こうした製造業に対して、石油産業は女性を雇用せず、結果として彼女らの政治的・経済的エンパワーメントを閉ざしてきた。

富岡製糸場
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「再生可能エネルギーへの転換」では板挟み状態

このように、石油によって成り立つ経済は決して安定したものではない。安く売れば儲けが減り、高く売れば相手は買い控えたり、代替エネルギーの開発を進めたり、より安い国からの輸入を検討したりする。したがって、世界市場での石油の需要を見極めつつ価格を調整する必要がある。

2021年1月に発足したアメリカのバイデン政権は、「クリーン・エネルギー革命」を掲げて環境政策を大幅に見直す姿勢を打ち出した。ここには、中国が進める石炭・火力発電の輸出を牽制する思惑もあるとされる。これに対してサウジ・アラムコのアミーン・ナーシル現CEOは、3月に中国で開かれた開発フォーラムに寄せたビデオメッセージのなかで、「再生可能エネルギーへの転換は重要だが、現実問題としてそれが石油に取って代わるには時間を要する」と説明した。石油に代わるエネルギーの開発は、天然資源という限りある富を長持ちさせる一方、埋蔵されている石油の価値を奪って「座礁資産」とし、産油国というサウジアラビアの国際的地位を脅かすものでもある。国に向けたメッセージからは、板挟みともいえるサウジアラビア側の認識が滲み出ている。