生活習慣病は知られざる病気だった

この壮大なプロジェクトにより、重要な事実が次々と明らかにされた。高いコレステロール値や高い血圧、肥満、糖尿病、喫煙などの条件を持つ人は、そうでない人より心血管病にかかりやすい、ということだ。しかも、これらの因子のうち複数が積み重なることで、心血管病を発症する可能性は激増することがわかった。のちに、数々の疫学研究がこの知見を裏づけることになる。

塩分と脂質が過剰なファーストフードの普及、車社会における運動不足と、それにともなう肥満、高い喫煙率。当時のアメリカ人に対し、今の私たちは「生活習慣病リスクの塊だ」と当たり前のようにいうだろう。だが、フラミンガム研究以前には、このことは全く「当たり前」ではなかったのだ。

この時代以後、高血圧や脂質異常症、高血糖などのリスクに対し、多くの治療薬が生み出された。ほとんど症状がなく、かつて病気だと認識されていなかった「状態」を、「病気」だと定める必要性に迫られたからだ。

最新の疫学調査が病気の定義を変えていく

また、数々の疫学研究が生み出すエビデンスが、これらの病気の定義を変えてきた。つまり、「血圧やコレステロール値、血糖値をどのくらい下げれば病気になる可能性がもっとも低くなるのか」という疑問に、年々確度の高い答えを提示できるようになってきたのだ。

山本健人『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)

例えば、1987年に厚生省(現在の厚生労働省)が定めた高血圧の基準は「180/100」であった。だが、その基準は徐々に厳しくなった。2019年に定められた血圧の目標値は、75歳未満で130/80、75歳以上は140/90となっている(高血圧そのものの基準は140/90)。

フラミンガム研究は今なお継続中であり、新たなエビデンスを次々と生み出している。当初研究に参加した人たちの第2世代も対象に加わり、今も追跡調査が続いているのだ。

フラミンガム研究は、「危険因子(リスクファクター)」という概念を初めて生み出した点で歴史上の大きなターニングポイントになった。長年にわたって体が蝕まれて発症するタイプの病気は、原因が単一ではなく、複数の要因が複雑に絡み合う。こうした病気へのアプローチには、フラミンガム研究のような疫学調査が必須となる。

疫学調査は、「何が悪いか」と「何をすべきか」を、統計学的に高い確度を持って導き出す。病気のメカニズムの解明は、その後からでも構わないのだ。

【参考文献】
(1)雪印メグミルク株式会社「雪印乳業食中毒事件
(2)Centers for Disease Control and Prevention「Duration of Isolation and Precautions for Adults with COVID-19
(3)“COVID-19: Epidemiology, virology, and prevention” Kenneth McIntosh. UpToDate.
(4)“Geographic pathology of latent prostatic carcinoma” R Yatani, I Chigusa, K Akazaki, G N Stemmermann, R A Welsh, P Correa (1982). International Journal of Cancer, 29: 611-616.
(5)『前立腺癌診療ガイドライン 2016年版』(日本泌尿器科学会編、メディカルレビュー社、2016)

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