女性宮家の夫や子どもが直面する困難

しかし、女系天皇を認めなければ、制度としての整合性から、女性宮家の継承もできない。一代限りの宮家にならざるをえない。ご結婚相手は、皇族にもなれないのに、憲法が国民に保障したはずの自由も権利も、法的根拠もなく大幅に制限される可能性すらある。わが子は皇室の中で生まれたはずなのに、本人の結婚と共にか、それとも一定年齢に達したらか、どちらにしても皇籍を離れて、皇室にそのままとどまることはできない。

その子は、皇位継承資格者でも、その配偶者でもない。皇位の世襲継承にかかわりのない立場だから、いつまでも税金で生活を続けるわけにはいかないからだ。

わが子が、そんな宿命を背負うことがあらかじめ分かっている以上、そのような結婚を望む国民男性がはたしてどれだけいるだろうか。

ご結婚後、共に国民として暮らすのであれば、もちろん話は別だ。共に力を合わせて、国民として自由な生活を追求できる。しかし、妻は皇族なのに自分は“自由を奪われた”国民。わが子は先のような境遇を避けられない。となれば、結婚に二の足を踏んだとしても、誰も責められないはずだ。

「皇位の安定継承」にはほど遠い

つまり、「女系」継承の容認を先延ばしすると、「女性宮家」は必然的に“一代限り”になり、それはご結婚のハードルが極めて高い「野蛮な」制度になる他ない、ということだ。もしめでたくご結婚の上、お子様に恵まれられても、先に述べた通り、実にお気の毒な状態になるし、そのような犠牲を払われても、皇位の安定継承には“1ミリ”の寄与にもならない。

有識者会議の議事録を拝見すると「時間軸」という便利な言葉が多用されている。自分たちの保身のためとまでは言わないが、彼らが“火中の栗”と思い込んでいる「女系」容認には手をつけずに先延ばしをして、何となく“やっている”感をかもし出せるような、目先だけの「皇族数の確保」対策をとりあえず打ち出そうというニュアンスで、使われているようだ。しかし、そこに手をつけなければ、目先の対策自体が機能しない。

「女系天皇」は時間軸の“先”にあるテーマではない。もし「女性宮家」という制度を採用するのであれば、“同時に”セットで取り上げなければならない。

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