細木と堀尾が、島倉を管理する事務所を立ち上げ、彼女の地方公演などの収入を自分たちの懐に入れ、しゃぶり尽くしているという話が漏れ聞こえてくるのは、少し後からである。

1982年に細木は最初の占い本『六星占術による運命の読み方 あなたの人生は12年周期で揺れ動く』をごま書房から出し、ベストセラーになる。

私にも贈ってきたが、占いに興味のない私は、読まずに本棚に突っ込んだ。第一、彼女が占いをやるなど、それまで聞いたことがなかった。

陽明学者・安岡正篤と“40歳差同居”

そして、1983年に“事件”が起こる。高名な陽明学者である安岡正篤は歴代の首相たちが指南を仰ぐ人物であった。

「平成」という元号も、安岡が考案したといわれている。朝日新聞デジタル(2019年3月16日 7時00分)は、「埼玉県嵐山町にある安岡正篤記念館。安岡氏の足跡を紹介するパンフレットには、いまも『「平成」の考案者』の文字が躍る」と報じている。

その安岡と細木が一緒に暮らしていると噂になったのだ。安岡85歳、細木45歳。

年のせいでやや認知気味とはいえ、それまで清廉潔白といわれて生きてきた日本の宝のような人物が、なぜ、清濁併せ呑んできた女性に惚れたのか。

私は月刊現代編集部にいたが、旧知の細木に会いに、TBSの裏にあった彼女のマンションへと出向いた。

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印象としては、豪壮マンションではなく意外に地味な建物で、彼女がいた部屋もとりたてて華美ではなかったと記憶している。

部屋の向こうにもう一つ小部屋があり布団が敷いてあった。そこに安岡が寝ているようだ。

きっかけは知人の紹介だったようだが、以前から安岡を尊敬しているといっていた彼女だから、口車と40歳年下の色香を駆使して、老人を虜にしたのだろう。

雑誌屋は直截である。「安岡さんは年だからできはしないだろう?」と聞くと細木は、一緒に寝てあげると喜ぶのよというようなことをいって含み笑いをした。

細木は結婚するといっているが、彼女の狙いは、安岡が所有している貴重な掛け軸や日本画を手に入れることなのではないか。彼女の家を辞した後、そう思った。

テレビに映し出された彼女の“変貌”

安岡をどのように同意させたのか、婚姻届を彼女が提出した。だが、安岡の親族や弟子たちの猛反対にあい、別れる条件として大量の蔵書と値打ちのある書画、骨董などを手に入れたと、後日報じられたが、真偽のほどは分からないし、興味もなかった。

それからだいぶたったある夕刻、上野にほど近い一葉記念館を見ての帰り、竜泉の小さな居酒屋に入って手酌で飲んでいた。店の隅の上にあるテレビがついていた。顔を上げるといきなり細木の顔が大写しになった。

さては何か事件でも起こしたのかと見ると、彼女が「そんなことしてると地獄に堕ちるわよ」と、若い女性タレントに説教しているではないか。