「管理員はなんぼ代わってくれてもええ」

「私が言いたいのは、装置をつけなかった場合、早朝の水やり、つまり就業前3時間の水やり作業を誰がするのか、ということです」

「それはだって、南野さん、あなたの仕事でしょ」

「私の仕事であるとおっしゃる以上、時間外労働の対価があると理解していいのですよね」

「それは、私の権限でお答えできる範囲ではありません。こちらとしては、申し訳ありませんがそれでお願いします、としか言いようがありません」

「早い話、管理員の善意にすがるということでしょうか」

「私だって契約上は9時~5時になっています。しかし、ご存じのように夜は遅いし、朝も早い。日曜日も土曜日もありません。それでも文句ひとつ言わずにやってるんです。それができないとおっしゃるなら、ほんまに辞めてもらうしかないんですよ」

結局は、抜いてはならない“伝家の宝刀”頼みなのだ。つまり、標準管理委託契約に違反していようがいまいが、そんなことは知ったことではない。時間外労働がイヤなら辞めろということだ。

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管理会社としては、理事長の機嫌を損ねて、契約を切られるようなことがあっては一大事なのである。理事長の機嫌を損ねないためなら、管理員が何人辞めようがたいした問題ではない。理事会の席上でも「管理員はなんぼ代わってくれてもええが、理事長は代わってもろたら困る」と堂々と宣った太鼓持ち理事もいたくらいだ。

「グラン・サルーン江坂」の理事たちにとっては、なにかと小難しいマンションの面倒を何年にもわたって見続けてくれる理事長の存在がありがたいのであり、マンション管理員が何人犠牲になっても意に介さないのだった。

その裏では、蟹江理事長とフロントマン・富田による、さまざまな不正が白昼堂々と行なわれているとも知らずに、理事会の夜は更けていくのである。

実質7時間労働のはずが14時間労働に…

マンション管理員もさまざまなら、フロントマンもまたさまざまである。

私はといえば、相次ぐ得意先の倒産で売上げが伸びず、それならいっそのことと家内の提案を受け入れ、ほんのわずかな蓄えを携え、会社をたたんで管理員となった。おそらく、それ以上放っておくと、本当にホームレスになっていたはずだ。まさに間一髪の「明日はわが身」だったのである。

一方、フロントマン・富田はもともとは塾の数学講師だったと聞かされていたが、その前にはウソか誠か街の金融屋で取り立てのようなこともやっていたという噂だった。「グラン・サルーン江坂」での労働契約内容と実際の勤務との落差について聞けばノラリクラリとかわし続ける富田にいよいよ我慢がならなくなった私は、ついにダイレクトに訴えることにした。

「朝の散水に自転車整理、夜の巡回と公園・広場の粗ゴミ拾い。宅配便の受け渡しと手荷物預かり。これでは14時間労働やないですか。まして宅配便の受け渡しは夜10時をすぎることもあるんですよ」

入社時の説明と入社してからの内容の乖離というのは「ブラック企業」としてよく知られるパターンだが、この手のトラブルは雇用主の会社が労働基準局の指導どおり、法令を遵守してくれさえすればなんの問題も生じない。にもかかわらず、フロントマンやその上司はそれを“グレーゾーン”と呼び、私たちの訴えも見て見ぬふりをしてきたのである。

不正義が嫌いな家内にはそれが許せなかった。私たちは裁判も辞さない覚悟で富田に対決を挑むことにした。