日鉄は「5年間で1万人規模」という経営合理化を進行中

日鉄から特殊鋼を買って部品を製造するメーカーにしてみれば「高い材料を買ってバネを作ったのに、トヨタに納める価格が据え置かれたり、値下げを求められたりしたら採算が取れず、経営はなりたたなくなる」と各所から悲鳴が上がった。

「鉄には鉄のサプライチェーンがある。このままでは特殊鋼を使った部品の安定供給もままならなくなる」。当時の営業担当の副社長など日鉄の幹部たちはさまざまなメディアのインタビューなどを通じて、集購価格の引き上げや特殊鋼を使った部材・部品の納入価格の引き上げなどをトヨタに申し入れた。普段は鋼材交渉については口をつぐむ日鉄だが、大口取引先のトヨタに対して声をあげたことは波紋を広げた。

特許侵害を巡る日鉄のトヨタへの提訴は、そうした行き違いの帰結ともいえる。ある自動車メーカーの幹部は「脱炭素への対応を巡って、資金確保のために両社とも一歩も引けない泥沼の戦いになる可能性がある」という見解を示す。

鉄鋼業界は産業別の二酸化炭素排出量が多く、「脱炭素」では常にやり玉にあがる。その最大手企業である日鉄にとって、脱炭素への取り組みは大きな経営課題だ。

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日鉄は21年3月期まで2期連続で最終赤字となり、構造改革のために5年間で1万人規模という経営合理化を進めている。今期は新型コロナウイルスの収束に伴う鉄鋼需要の高まりなどもあって最高益を更新する見通しだが、それでも25年度までの中長期経営計画の期間中に製鉄所閉鎖や高炉休止などで製造生産能力を2割減らすことを盛り込んでいる。

電動化分野で覇権を取るには、宝山を止める必要がある

リストラを進めながら、脱炭素への投資をしなければならない。切り札とされる水素製鉄などの実現には、設備投資に日鉄1社だけで4兆~5兆円かかる見通しだ。こうしたなかで、政府主導による再編で巨大化する中国勢に対抗するには、独自の技術を守り収益を確保しながら、脱炭素への投資資金を捻出する必要がある。日鉄の虎の子技術を使って取引先を広げる世界最大手の宝山が相手とあらば、日鉄も黙ってはいられない。

日鉄は世界の自動車向け電磁鋼板の需要は25年度に17年度比で7倍程度に増えるとみている。宝山の電磁鋼板は、海外の自動車会社でも採用が続いているとみられ、鉄鋼業界にとって主戦場となる電動化分野で覇権を取るには、宝山の動きを止める必要がある。

一方のトヨタ。業績こそ好調だが、ガソリン車からEVへの変革期にあたって、ガソリン車で使っていたエンジンや変速機(トランスミッション)の既存部門をどう残していくかが大きな課題となっている。

脱炭素に対する政策次第では、エンジン工場が集積する地元・豊田市の命運も左右される。日本自動車工業会の会長も務める豊田章男・トヨタ社長が「EVだけが脱炭素化の解ではない」として、水素エンジン車の開発を進めているのも、脱炭素の時代にもエンジンや変速機の技術をつなげたいという思いからだ。