約200億円の損害賠償を求める訴訟に発展

日本製鉄が特許侵害でトヨタ自動車を訴えた。日本を代表する2社が角を突き付けあう状況に、自動車業界や鉄鋼業界の幹部は驚きを隠さない。

水素エンジン車による24時間耐久レースの出走前、記者会見を行うトヨタ自動車の豊田章男社長=2021年5月22日、静岡県小山町の富士スピードウェイ
写真=時事通信フォト
水素エンジン車による24時間耐久レースの出走前、記者会見を行うトヨタ自動車の豊田章男社長=2021年5月22日、静岡県小山町の富士スピードウェイ

日鉄が問題にしたのはハイブリッド車(HV)など電動車の性能を左右する「無方向性電磁鋼板」と呼ばれる高性能鋼材だ。モーターの回転効率を左右するため、日鉄にとっての「虎の子」の技術だ。

日鉄は2021年10月14日、電磁鋼板の特許権を侵害されたとして、トヨタ自動車と中国の鉄鋼大手・宝山鋼鉄を相手取り、それぞれに対して約200億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。

日鉄は、宝山鋼鉄が複数のトヨタ車からモーターを取り出し、電磁鋼板を分析することで、特許権を侵害する電磁鋼板をトヨタに供給したとしている。

さらにトヨタに対しては、対象となる電磁鋼板を利用したHVなどの国内での製造・販売差し止めの仮処分を申し立てた。

かつて両社は「盟友」関係にあったのだが…

かつて両社は「盟友」関係にあった。トヨタの海外進出に合わせて日鉄も海外の拠点を整備。錆びず塗装もおちない日本車の高品質を支え、同社の海外での販売拡大を支えた。環境問題への関心が高まると車両の軽量化につながる技術開発を共同で手掛けたり、円高やリーマン・ショックなどで業績が悪化した際には取り扱う鋼材の種類を削減することで原価低減を推進。まさに「鉄の結束」で支えあっていた。

しかし、ここ数年で「鉄の結束」が揺らぎ始めている。その端緒となったのが2年ほど前に起こった「特殊鋼」を巡る価格改定問題だ。

特殊鋼とは、車輪やステアリングに使われるベアリング、エンジン部品、サスペンションなどに使われるバネなど、特殊な加工を施した鋼材だ。

これまで自動車に使う鋼材価格は、トヨタなど自動車メーカーがグループ会社の分なども含めて一括して購入する「集中購買」の際に決まる「集購価格」が基準となってきた。集購価格は「大量に買うのでそれ相応の値引きをしてくれ」という自動車メーカーの要望に、鉄鋼メーカーも品質を確保しつつ優先的に安定供給を担うという互恵的な形で1970年代から採用されてきた。なかでもトヨタと日鉄の両社による価格交渉は「チャンピオン交渉」と呼ばれ、他社などもその動向を参考にしながら、主要鋼材の価格交渉をする際のベンチマークとなってきた。

ほぼ同じ品質の鋼板と違い、様々な部品に用いられる特殊鋼は集中購買に向かないため、部材・部品メーカーは日鉄から時価で特殊鋼を購入する。これまで特殊鋼の価格は、長年の取引慣行で「集購価格」を参考に決められていた。集購価格と特殊鋼の価格はほぼ連動していたが、ここ数年はコスト削減を急ぐトヨタの意向で集購価格は据え置かれた一方で、特殊鋼の価格は原材料の値上がりや需給の逼迫ひっぱくで高騰した。