救急搬送
夫の態度が急変した翌日、おかしいと思った白井さんは、「何なのその態度?」「好きな人でもできたの?」と問いただした。
しかし夫は、白井さんが話しているのが聞こえていないかのように、帰宅するなりソファーに横たわり、そのままスーっと眠りに入ってしまう。
雪が降っても海に行くほどサーフィンが大好きな夫だったが、ここのところ仕事に出かける以外はソファーで横になってばかり。さすがに心配になった白井さんは、「調子悪いの? どこか痛いの?」「病院行ったほうがいいよ?」などと話しかける。だが夫は、「うるせ~な~! わかってるよ! 黙ってろよ!」と声を荒らげる。夫が白井さんにこんな言葉遣いをするのは初めてだった。
さらに夫は、音に敏感に反応するようになった。
掃除機の音や、当時4歳と1歳の娘たちの声に反応し、「うるせ~な~!」と怒る。そして耳を塞ぐように頭を抱えて、ソファーにうずくまり、眠る。
夫の態度が急変して3日目。その日は夫の仕事が休みだった。相変わらずソファーで眠る夫を前に、白井さんは何度も声をかけたが、夫は「うるせ~な~!」と怒るだけ。いよいよおかしいと思った白井さんが、「病院予約したから車に乗って!」と言っても「黙ってろよ!」と怒鳴って動こうとしない。
白井さんは、近くに住む義母と義姉夫婦に連絡する。到着した義母や義姉夫婦に手伝ってもらい、夫の両脇を抱えて車に乗せようとしたところ、夫はさらに攻撃的になり、抵抗する。そこで白井さんが、「じゃあ、救急車を呼ぶよ?」と言うと、それまで暴れていた夫が急におとなしくなり、「うん」と答えた。
「振り返ると、あの時点で夫は、もうすでに自分の思った言葉を正常に発することができなくなっていたのだと思います。本当は少し前から、『何か変だからすぐに救急車を呼んで』と言いたかったのではないかと。私がもっと早く気づいてあげていれば……」
救急車が到着し、救急隊員が「歩けそうですか?」と訊ねる。白井さんが、「たぶん無理だと思います。ずっと横になったままなんです」と答えると、夫はムクっと起き上がり、「あ、すみません。ありがとうございます。ちょっとトイレ行っていいですか?」と言ってトイレを済ませ、自分の足で救急車に乗り込んだ。
このときの白井さんは、「なんだ、普通じゃん。大したことないんだ。良かった」と思っていた。