「複雑性PTSDとは、悪口レベルの外傷的体験ではない」
またこの複雑性PTSDの場合、感情も対人関係も不安定なので、婚姻生活や社会生活に支障をきたし、定職にもつけない境界性パーソナリティー障害と呼ばれる診断を受けることも多い。
ただ、ハーマンの過去の記憶を思い出させて、それをぶちまけさせるような治療方針がかえって患者の具合が悪くすることが多いことが明らかになったことで、彼女のアメリカ精神医学会での影響力はかなり弱まった。ハーバード大学でも教授に昇格していない。そのせいか、2013年改訂のアメリカ精神医学会の診断基準の第5版(DSM-5)では、複雑性PTSDの病名は採用されなかった。
ところが、WHOが作るもう一つの国際的な診断基準の最新版(ICD-11)が2018年に公表された際に複雑性PTSDが採用されることになった。これまでの歴史をみるとアメリカ精神医学会の基準に追随することが多かった中で画期的なことである。
おそらくは、世界的に深刻化する児童虐待だけでなく、人権を弾圧するような政府や軍事介入などで生じる心の後遺症を無視することができないと考えたのだろう。
実際、この診断基準で挙げられている逃れることが困難もしくは不可能な状況で、長期間・反復的に、著しい脅威や恐怖をもたらす出来事の例としては、「反復的な小児期の性的虐待・身体的虐待」のほか、「拷問」「奴隷」「集団虐殺」が挙げられている。けっして悪口レベルの外傷的体験などではない。
これに対して秋山医師は、「複雑性PTSDは言葉の暴力、インターネット上の攻撃、いじめ、ハラスメントでも起こる」と拡大解釈をしたわけだ。
実際、インターネット上の誹謗中傷で自殺する人もいるのだから、私もその可能性を否定するつもりはない。
「温かい見守りがあれば、健康の回復が速やかに」という発言の問題点
むしろ今回、国民に誤解を与え、現実に複雑性PTSDの症状に苦しむ虐待サバイバー(※)に脅威を与えるおそれがあるのは、秋山医師が発した「(小室圭さんとの)結婚について周囲から温かい見守りがあれば、健康の回復が速やかに進むとみられる」という言葉だ。
※児童虐待を受けたあと、生き残り、心の病に苦しんでいる人たち。
自らが虐待サバイバーで複雑性PTSDの実際の症状を赤裸々に記録した『わたし、虐待サバイバー』(ブックマン社)の著者である羽馬千恵さんは、自身が発行するメルマガ(※)の中で、「虐待が終わってからが、本当の地獄だった」と記している。
※大人だって虐待で苦しんでいる。当事者が語る子供時代のトラウマ - まぐまぐニュース!(mag2.com)
虐待を受けた子供たちは大人になり複雑性PTSDに苦しむわけだが、親元を離れ、虐待を受けなくなったり、多少周囲が温かくしてくれたりしところで、そう簡単に治るものではない。
つい最近も3歳児が母親の同居人の虐待で死亡した事件があったが、それに関するニュースの多くは、初動で行政がしっかり対応していたら死ななくてすんだという類のものだった。
たしかにそういう面もあるかもしれない。しかし、もっと重要なのは子供の今後の人生だ。「運よく生き残ったから、よかった」で済む問題ではない。生き残った子供たちは下手をすると生涯にわたる複雑性PTSDに苦しむのである。