「心残りはないし、いつ死んでも構わないけど」
「それではつらいことは何ですか?」
と私が聞くと、
「風呂場で転倒してから腰や足が痛い」
加悦さんが訴える。筋力低下で不安定なため、トイレに行くのによつんばいで這っていくという。時々間に合わないことがある、と加悦さんは苦笑いする。
「心残りはないし、いつ死んでも構わないけど、こっちが死にたいという希望を出してもなかなかね」
「ずっと前から“希望”は出しているのになぁ」と小畑さん。
「家内に早く迎えに来てくれって言っているんだけど……」と加悦さんがうつむく。亡き妻から夫の厳しさを聞いていた小畑さんは「怒りすぎたんちゃう?」と笑いながら突っ込む。
妻が存命中は縦のものを横にすることもなかったそうだが、今は仏壇にソーメンが供えてある。三食、自分が食べる前にまず妻の遺影の前に置くのだという。よつんばいでしか移動できないから、かなりの労力がかかる作業だ。
静まりかえった広い家の中で朝起きたら「おい起きたで」、夜寝る時は「もう寝るで」と妻の写真に声をかける。その様子は幸せそうには見えないが、かといって不幸にも見えなかった。
加悦さんは病院に運ばれ、そのまま1週間後に亡くなった
そして昨年2月12日、加悦さんは亡くなった。享年88歳。その6日前の2月6日まで家で過ごしたという。
「『仏壇の世話をしないといけないからここにいる。それがわしの仕事だ。ここにおりたい』と、加悦さんは最後までそう言っていました」
小畑さんが昨年1月30日に訪問看護に訪れると、心不全が悪化して息苦しそうな加悦さんの姿があった。それでも「死ぬのを待っているからこれでいい。早く妻に会いたい」と繰り返し言っていたという。
しかしそれから1週間後の2月6日、近所に住む親戚の人が訪ねると、室内で加悦さんが倒れていた。意識が朦朧としていたという。
「このまま家に一人、置いとけれへん(置いてはおけない)」という親戚の強い希望で、加悦さんは病院に運ばれ、そのまま1週間後に亡くなったそうだ。
「『ここがええ』と言いながらも内心は一人で生活することにとても不都合を感じていて、不安は強かったと思います。ですから最後は病院に行ってよかった。一昨年の夏にも医師が訪ねた際、熱中症のような状態だったんです。医師が入院を勧めると、ほっとした顔をしていました。その頃は、私が訪ねると『あんたもう帰るんか』と寂しそうな目でこちらを見てくるし、私も帰るのが忍びなくて毎回契約時間をオーバーしていました」(小畑さん)