限界費用がプラスの産業では、一般に生産量に応じて労働者の雇用も増大する。自動車の販売台数が増えれば、それだけ自動車を作る労働者が必要とされる。一方限界費用ゼロの産業では、生産量が増えても労働者の雇用は増大しない。10人にしか売れていなかったソフトウェアが、100人に売れるようになったとしても、労働者が余計に雇用されるようにはならない。したがって、限界費用ゼロこそが、ITの雇用創出力が弱い理由だと言える。

それでも、様々な企業が乱立して、それぞれの企業が開発するソフトウェアごとにプログラマが必要とされれば、雇用が増大するのではないかと考えられるかもしれない。そういう一面がないわけではないが、一般に経済学は、限界費用ゼロの産業では、「自然独占」が発生すると考えている。要するに、一つの企業が市場を占有するようになるのである。

規模が大きい企業ほど価格競争に強い

なぜ独占が生じるのだろうか? 情報産業でも、「固定費用」はゼロでないことに注意しよう。固定費用は、生産量にかかわらず掛かる費用だ。ソフトウェアを最初に作り上げるには、それ相応の開発費用が掛かる。購入者が1人であっても100人であっても、変わらず掛かる費用が固定費用である。

限界費用ゼロで固定費用だけが掛かるこうした産業では、規模が大きい企業ほど優勢になる「規模の経済」が働く。ある企業Aが1000万円でソフトウェアを開発したとする。このソフトウェアが100人に売れる見込みであれば、10万円以上で売ることによって利益を生み出せる。それに対して規模の小さなライバル企業Bが同様のソフトウェアを1000万円で開発したとしよう。このソフトウェアが、10人にしか売れる見込みがないのであれば、100万円以上で売らなければ利益が出ない。したがって、企業Bは、規模が小さいがために価格競争力を持ち得ず、企業Aに太刀打ちできないのである。

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だからGAFAが市場を独占する

私達がWindowsに対抗してOSを開発しても、全く儲からなそうな気がするのはこのためだ。すなわち、限界費用ゼロの産業では規模の経済が働くがために、巨大企業が市場を独占するのである。

だから情報産業では、似たような商品やサービスを展開する企業が乱立するような状態にはなり得ない。実際、パソコン用のOSのほとんどは、マイクロソフトとアップルによって提供されている。

検索エンジンやSNSのようなプラットフォームも、基本的には、限界費用はゼロに近いが固定費用はプラスだ。最初の開発に掛かる費用の他に、サーバーの維持費などが固定費に含まれる。固定費は利用者が1人でも掛かるが、追加的な費用は100人増えてもほとんど掛からない。