日本の職業別就業者シェアの変化
日本の職業別就業者シェアの変化。同資料4ページを基にゲンロン編集部制作
日本の所得階級別割合変化(60歳未満)
日本の所得階級別割合変化(60歳未満)。同資料9ページを基にゲンロン編集部制作

「労働移動の逆流」が起きている

たとえ、ITが既存の雇用を奪うにしても、一方で新たに雇用を作り出すと考える人は少なくないだろう。ところが、中間所得層の労働者は仕事を奪われた後、高所得の職業ではなく主に低所得の職業に移動する。ITの雇用創出力は弱いので、事務労働を奪われた人達の多くはアマゾンやグーグルに行くのではなく、清掃員や介護士などの昔からあるような職業に就くのだ。

かつて工業化の過程では、電気掃除機や冷蔵庫、テレビなど多くの新しい財が生み出されて、そうした財を生産するための労働者の需要が増大し、農村の余剰人員を吸収した。それに対し、現代の情報化の過程では、続々と新しいスマホ・アプリやネット上のサービスが生み出されても、事務労働などで生じた余剰人員の多くは、そうしたハイテク分野には転職しない。そうではなく、昔ながらのローテクの仕事に従事するようになる。私はこれを「労働移動の逆流」と呼んでいる。

経済学は、工業化の時代に発展した学問なので、基本的には「工業モデル」を展開している。経済学は、大方の人の抱くイメージとは異なって宗教じみており、経済学者は教科書に書いてある内容が正しいか否かをさして検討することはなく、妄信する傾向にある。したがって、工業化の時代の法則をそのまま情報化の時代にも当てはめたがる。

なぜITは新しい雇用を生み出さないのか

だが、ソフトウェアやデジタル・コンテンツなどの情報財は、自動車や電気掃除機などの工業製品と根本的に性質が異なっている。自動車を1台作り、さらにもう1台追加して作ろうと思ったら、その分費用が掛かる。このような費用を「限界費用」と言う。「限界」というのは、経済学では「追加的な」という意味で使われる。

それに対し、ソフトウェアは購入者が一人増えても、ほとんどただに近い費用でコピーを作って対応できる。このことを「限界費用ゼロ」と言う。