中絶を幇助した人を訴え勝てば1万ドルの報奨金
9月1日、共和党の牙城であるテキサス州で、性的暴行や近親相姦による妊娠も含め、妊娠6週目以降の人工妊娠中絶をほぼ全面的に禁ずる厳格な法律が発効した。同州のグレッグ・アボット知事が右傾化を強める中、次期大統領選共和党指名候補争いへの出馬をにらんでのことではないかという見方が浮上している。
この州法は、中絶手術・中絶薬の処方を行った医師をはじめ、中絶を幇助した一般市民を別の一般市民が訴えるもの。勝てば、1万ドルの報奨金を手にできる。通常、原告側に求められる賃金損失や精神的苦痛などの「損害」を証明する必要もなく、誰もが訴訟を起こせる点が特徴だ。
中絶問題の第一人者で、『Abortion and the Law in America: A Legal History, Roe v. Wade to the Present』(未邦訳 『中絶とアメリカの法律――法制史 ロー対ウェイド判決から現在まで』)の著者でもあるフロリダ州立大学ロースクールのメアリー・ジーグラー教授によれば、同法は、州が一般市民に監視や訴訟を「アウトソース(外注)する」ことで中絶の権利を制限する独特な手法を取っている点が特徴だ。州が直接関与するわけではないため、州には「sovereign immunity」(主権免除・主権免責特権)の原則が適用される可能性があり、法廷で同法の合憲性を問うのが難しい。
「こうした手法が『青写真』として、言論や信仰、投票など、他の憲法上の権利にも応用されるのではないかという憶測が流れている」と、ジーグラー教授は警鐘を鳴らす。加速する中絶反対の動きには「政治と宗教が絡み合っている」(同教授)。
米モンマス大学が9月20日に発表した最新の全米世論調査では、州政府の代わりに一般市民が訴訟を起こし、法の執行者となることに反対する米国人が7割に上っている。1万ドルの報奨金に反対する人は81%だ。
「中絶の賛否は政治スタンスの違いが影響」
そもそも、アメリカで中絶が国家を二分する社会問題となったのは、「ロー対ウェイド判決」に対し、カトリック教徒の中でも避妊や中絶を認めない保守派と、聖書を厳格に守る保守派プロテスタントのキリスト教福音派が猛反発したことにさかのぼる。
だが、ジーグラー教授によると、米国人の中絶に対する立場には宗教よりも政治的スタンスが大きく関わっているという。民主党のバイデン氏は歴代大統領の中で数少ないカトリック教徒だが、中絶に賛成している。共和党のトランプ前大統領は信仰心の薄さを指摘されていたが、中絶反対派だった。
一方、テキサスの州法をめぐる闘いは、もう始まっている。9月20日夕方(日本時間21日早朝)に飛び込んできたワシントン・ポスト紙の速報によれば、南部アーカンソー州の元弁護士が、中絶を行ったテキサス州の男性医師を提訴。この新法の「合憲性を試す初のテスト」(同紙)となる。男性医師は中絶を「基本的権利」とみなす一方で、州法を「明らかに違憲」だとし、法廷闘争を覚悟のうえで医師としての務めを果たしたという。