特殊な関係性だからこそ苦悩を打ち明けられた

——震災直後は、利用する客だけではなく、風俗嬢も被災者だったわけですね。

そうなんです。女性たちが私に語った言葉は、これまで被災地で見聞きしてきた現実とは違いました。彼女たちは、被災者の本音を受け止めていたんです。奥さんと子ども、両親を流された男性はこう語ったそうです。

©小野一光
2011年3月14日の大槌町

「どうしていいかわからない。人肌に触れないと正気でいられない」

大切な人を喪った男性が癒やしを求めて風俗を利用していた。風俗が男性のセーフティネットになっていたんです。

一方の女性側は、家を流されたり、震災の影響で夫の稼ぎが少なくなったりして、生活のために風俗で働いていた。取材をしてすぐに、女性も男性も風俗によって救われた面があったと気づかされました。男性は自分の心を保つために、女性たちは生活を再建するために、風俗に頼るしかなかった。

——男性にとっては、家族や知り合いには弱音を吐けないという気持ちもあったのかもしれませんね。

そうした話も聞きました。経営者の男性は、社員には言えない本音を性風俗の現場でもらしていた。風俗では、見知らぬ人でありながら、密なコミュニケーションをとるでしょう。男性は、風俗嬢に心身をさらけ出すけれど、彼女たちは決して生活圏に入ってこない他人です。そうした特殊な関係性だからこそ、苦悩を打ち明けられるという人が少なからずいるのだと思います。

被災者の環境の変遷とともに、性風俗の状況も変わっていった

——震災から1週間後に営業を再開したとおっしゃっていましたが、どんな状況だったのでしょう。

沿岸被災地では、店舗を構えないデリヘルという呼ばれる派遣型の性風俗がほとんどです。震災直後はホテルが営業できるような状況ではありません。営業再開後しばらくは、遺体捜索が行われているなか、女性が客の自宅やアパートに呼ばれていました。それに当時は、深刻なガソリン不足だった。お客さんに呼ばれたけれど、ガソリンがなくて苦労したという話はよく聞きました。

©小野一光
2011年3月14日の大槌町

3週間ほど経つとホテルも徐々に営業再開しはじめました。体育館などの避難所で暮らす人たちはお風呂にも自由に入れない。そんな人たちがラブホテルで湯船につかり、そのついでに風俗嬢を呼ぶケースも多かった。

その後、仮設住宅への入居がはじまりますが、また違った問題で性風俗を利用する男性が増えてきた。仮設住宅は、壁が薄く隣の生活音が筒抜けなんです。どうしても隣に遠慮して、夜の夫婦生活の頻度が減る。やがてセックスレスのような状態になり、風俗店を利用する男性もあらわれた。被災者の環境の変遷に合わせるように、性風俗をめぐる状況も変わっていきました。

取材を続けていくと女性側の変化にも気づきました。震災から数カ月が過ぎた夏ころになると、のぼせて汗が出たり、息苦しくなったり、余震に襲われるとフラッシュバックに見舞われたりと明らかにPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状を訴える女性が増えはじめた。そして、ひどい被害にあったお客さんの体験談がつらくて耐えられないと辞めてしまう子もいました。