ワクチンパスポートを導入したEU各国ではデモも発生

EUの執行機関である欧州委員会は6月、EU共通の枠組みである「EUデジタルCOVID証明書」を管理するシステム「EUゲートウェイ」を構築し、7月から本格的な運用を開始した。EU市民はCOVID証明書を提示すれば移動時の検査や自主隔離を免除され、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイスを含めた計31カ国間を円滑に移動できるようになった。

EUを離脱したイギリスをどう扱うかはEU加盟国によってバラツキがある。ワクチンパスポートにはどうしても感染症対策の基本である隔離、つまり「排除の論理」が働いてしまうのだ。

EUのCOVID証明書のQRコードには氏名、生年月日、ワクチン接種、コロナからの回復、検査結果、病院や検査機関名などのデータが含まれている。ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は「COVID証明書は欧州の人々の生活を便利にする。仕事や観光のためEU域内や海外を安全に移動できるようにすることが目的だ。安全で開かれた欧州の象徴だ」と胸を張った。本格運用開始までにすでに2億枚以上のCOVID証明書が発行された。

欧州で最初にコロナ危機に見舞われたイタリアは8月6日以降、国内の飲食店、イベント、文化施設、展示会、会議に入場する際、COVID証明書の所持を義務付けた。半数以上のイタリア人がCOVID証明書を支持し、ビジネスオーナーはより厳しい措置の導入を回避するためのツールとしてCOVID証明書を歓迎している。マリオ・ドラギ伊首相はワクチン接種の義務化を支持した。

スペインでも7月22日、ガリシア自治州で国内では初めてカフェやバー、レストランの店内に入るためのCOVID証明書の提示を義務付けた。感染率の高い自治体の住民も地元のバーやレストランに入るためには2回接種済みか、陰性の検査結果を示さなければならなくなった。オーストリア、ポルトガル、アイルランドなど多くのEU加盟国がCOVID証明書を日常生活の中に取り入れている。

しかしCOVID証明書を使ってワクチンの接種を事実上、強制する動きに反発も強まっている。

フランスは7月21日から、50人以上を受け入れる美術館、博物館、映画館、劇場、スポーツ施設を利用する18歳以上を対象に接種や陰性、コロナからの回復を証明する独自の「公衆衛生パス」の提示を義務付けた。法案の違憲審査を担う憲法会議は8月5日、強制に近い形で接種を課す政府法案について一部を除き合憲と判断、9日からレストランや見本市会場、長距離の公共交通機関の利用の際に「公衆衛生パス」の提示が義務付けられた。

ワクチン懐疑派や反対派が自分たちを歴史的に迫害されたユダヤ人と同一視して「黄色いダビデの星」を身につけ、エマニュエル・マクロン仏大統領の「健康独裁」に反対、全国的に抗議デモを繰り広げ、参加者は20万人を超えた。ドイツではヒッピーやネオナチ、左派や陰謀論「Qアノン」の信奉者が「コロナ独裁」に反対する草の根運動を展開した。イタリアやギリシャでもワクチン接種の実質的な強制に反対するデモは広がった。

ワクチンパスポートに反対する声はワクチン信頼度が低い国ほど強くなる。世界経済フォーラムの調査では日本におけるコロナワクチンへの信頼度は60%(図表2)と、フランスを除く他の先進国に比べてそれほど高くない。ワクチンパスポートの議論を拙速に始めると、自公政権は三度、左派メディアやワクチン懐疑主義者の餌食になる恐れがある。

日本はまず、コロナ病床の柔軟な拡充とワクチン接種を最優先にすべきだろう。そもそも高齢者が多い日本ではデジタル化が大幅に遅れており、ワクチンパスポートを国内で導入する際の大きなハードルになる。しかし国際的な経済活動を再開するためにはワクチンパスポートが必須の課題になるのは間違いない。