その1つは、脳への効果的な働きかけ方である。

脳の働きを調べると、脳には旧皮質と新皮質の働きがあるという。おおざっぱに言えば、動物としての本能は旧皮質、霊長類として発達してから得たのが新皮質と分類できる。サッカーの指導は旧皮質に働きかけなければならない。

例えば、私はよくボールをシンプルに回せと言う。ところがドリブルをしちゃいけないとは言っていない。にもかかわらず、選手は私の目を気にしてドリブルをしないのだ。

コーチが私のところに来て、「ドリブルしたほうがいいですよね」と、ビデオを見ながら指示を出したらどうかと言ってきたことがあった。ビデオを見ながら「ここが悪かった」「このときはドリブルをしなければ」と説明すれば、選手たちは理解してくれるだろう。ただ、その理解は、新皮質で行っている。

新皮質の演算速度は旧皮質よりも遅い。サッカーの局面では、考えてから動いているのでは間に合わない。考える前に本能的に動くためには、旧皮質に働きかけなければならない。

そこで、私は、シンプルにボールを回し続ける映像の中に、ドリブルで切り込んでいく選手の映像を混ぜることにした。そのビデオが流れた瞬間、「おっ、いいドリブルだな」とだけ言うのだ。選手たちが自分で気づき、旧皮質にたたき込まないと意味がないのだ。

私の中でもまだ完璧にこの鍵を理解している訳ではない。ただ、あえてまとめるとすれば、チームとして一つの柱を立てながらも、いい意味でその方針に背いた選手を褒めるというやり方だろうか。

ブラジル人ならば、放っておいても自分の好きにやる。しかし、日本人の場合は教えを守りすぎてしまう癖がある。だから、この手法は有効なのだろう。

精神的にもいくつかの柱を立てた。その1つは、エンジョイすることだ。

とはいえ、へらへらするのが楽しいことではない。代表選手は、ある一定の理解力のある選手たちだから、エンジョイという言葉を使うことができるのだ。

エンジョイすることは、リスクと表裏一体だ。変なところでドリブルをして取られると、「シンプルにボールを回せよ」と指示を出す。ただ、ドリブルをしないで、いつもパスを回していると、選手は全く面白くない。いかに自分がドリブルで相手選手を抜こうと勝負するか。それは、いわばギャンブルだ。

ギャンブルで一番面白いのは、金持ちが余ったお金でやるときではなく、なけなしの金でリスクを背負ってやるときだろう。これと同じように、自分でリスクを背負ってチャレンジするときにこそ、スポーツの醍醐味があるはずだ。

監督の言われた通りにやって、リスクを回避して上手くいっても、それは本当の喜びではない。だからエンジョイしてチャレンジせよと言っているのだ。

※すべて雑誌掲載当時

(田崎健太=構成 ジジ=撮影)