父親の爆発

2013年4月、大学を卒業した直後の井上さんは、サービス業の会社に就職。販売員として働き始める。

それまで毎日のように父親に呼び出されては、マンションに行って父親の世話をしたり、話に耳を傾けたりしてきたが、初めての仕事の忙しさに、父親のことまで気にかける余裕がなくなっていく。

「父は一人でいるのが嫌な人。24時間誰かにそばにいてもらい、『自分は糖尿やうつでこんなに体調が悪いのに、誰も心配してくれない。誰もかまってくれない』という話を聞いて欲しいのです。しかし当時の私にはそんな余裕はなく、何度も電話がかかってきましたが、鬱陶しいとしか感じませんでした」

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だんだんマンションへ足が向かなくなったが、その間も父親からの電話は途切れなかった。井上さんの代わりに母親が父親の世話に行っていたが、父親は母親のことが気に入らないため、「なんでお前が来ない?」と怒気を孕んだ声で何度も電話をしてきた。

井上さんがマンションへ行かなくなって数日経ったある夏の日、父親はついに「かまってほしい」感情が爆発したのか、包丁を持って井上さんと母親の暮らす家を訪れ、暴言を叫びながら2人を追いかけ回した。

命の危険を感じた井上さんは、すぐさま警察に連絡。駆けつけた警察を見ると、途端に父親は借りてきた猫のように大人しくなったが、荒れ果てた家の中の様子や床に落ちていた包丁を目にした警官は、「また危ないと思ったら、いつでも連絡してください」と言い、父親は精神科へ強制入院となった。

「父は、20年以上前、私が小学校高学年だった頃にうつ病と診断されていたようですが、躁鬱や自己愛性人格障害も併発していたように思います。プライドが高い父は、通院の送迎はさせますが、私や母を伴って診察室には入らなかったので、この事件をきっかけに父の精神科のかかりつけ医と初めて会いました。主治医は、『うつ病ではあるものの、もともと性格的に自己愛が強く、思い通りにならないとキレるという特性があるようです』と言っていました」

井上さんは、幼いころから暴れたり、母親に暴力をふるう父親の姿は何度となく見てきたが、他所の家庭と比べておかしいと思ったことは一度もなかった。だが、このとき初めて父親を「怖い」と感じたという。

「大人になって初めて父親に対して、『怖い』という感情が湧いてきました。それまでも漠然とは思っていましたが、目の前で起こっていることがメディアなどで取り上げられるような『事件』なのだと実感した瞬間、『この人は犯罪者なんだ』と認識し、恐怖を感じるようになりました」

それほど井上さんにとって、それは“日常”だったのだ。