部下の士気を鼓舞する上司の「ここだけの話」
しかし、そうだとしても、このときの「部下」の身になって考えれば、この頼朝の「囁き」作戦は効いたであろう。少なくとも、「昔は世話してやったじゃないか」などと言われるよりは、はるかに心を奮い立たせられたはずだ。
こうしたことは、今も昔も変わらない。今の会社でも、上司の「ここだけの話」という「囁き」が、部下の士気を鼓舞したり、同志としての絆を強めたりしているのではないか。
組織といっても、最終的には、それを構成する一人一人の「心」が動かしている。多くの場合、人は打算で動いているだろうが、ときに、打算を超えて「心」で動く。人間としての誇りや自尊心といった部分だ。それを動かしうるのが、よきリーダーの資質ということになろうか。
頼朝は、この「心」のつかみ方がうまかった。そして、なるほど、武士というのは、この「心」で動く部分が大だったからこそ、頼朝は最終的に勝ったのである。
大兵力を率いる武将をあえて叱りつけた効果
頼朝の心理巧者としての側面を表すエピソードをもう一つ紹介しよう。同じく『吾妻鏡』が治承4年(1180)9月のことと伝えている。
緒戦の石橋山(現・小田原市付近)で敗北した頼朝は、房総に逃げた。ここには上総介広常が率いる大武士団がいた。劣勢の頼朝としては、本音では喉から手が出るほど欲しい戦力だったはずだ。
しかし、頼朝はそれを態度にまったく表さなかった。それどころか、迷ったあげくに最後に2万余騎という大兵力を率いて広常が参陣すると、頼朝は「遅い!」と叱りつけたのだ。
「数万ノ合力ヲ得テ、感悦セラルベキカノ由、思ヒ儲クルノトコロ、遅参ヲ咎メラルルノ気色アリ」――つまり、広常は、頼朝が「よく来てくれた!」と感激して迎えるだろうと思っていた。しかし違ったというわけだ。