在宅医療は機器もスタッフも限定される
さらに重要な点は、在宅医療というのは医療機関における入院加療はもちろん、外来診療の代替にさえなり得ないということだ。言うまでもなく、医療機関には診断や治療に用いる機器が存在する。また患者さんの処置やケアを行うスタッフも複数おり、必要なときに必要な医療をリアルタイムに提供することが可能である。
在宅医療の場合は、そうはいかない。使える「武器」は極めて限定される。いわば「聴診器一本の世界」だ。多くの人は“往診”と聞くと、わざわざ医療機関に行かなくともいつでも医者の方から来てくれて、楽だし安心と思うかもしれない。たしかにその側面もあるが、適切なタイミングでリアルタイムに必要かつ十分な医療が提供できる可能性はかなり低いと思ったほうがいい。
前掲の「診療の手引き」の重症度分類の表(図表1)を見ると、そのおのおのが白線で仕切られ、さもクリアカットに峻別できるかのような錯覚に陥ってしまうが、じっさいこれらの境界は極めて曖昧かつ急激に悪化へと移行し得るものだと認識しておく必要がある。電話で容体確認をした数時間後に、この境界をひとつもふたつも一気に越えてしまうことがあり得るのだ。それが季節性インフルエンザと新型コロナとが決定的に異なるところだ。
急変のリスクがある疾患に対して在宅医療はほぼ無力
テレビ電話やLINE、携帯電話で容体確認できるではないか、との意見もあろう。しかしこれらがつながらなかった場合をどう判断するのか。たまたま着信に気づかなかっただけなのか、急変あるいは死亡しているのか、取りあえず見に行かねば分からない。1人や2人ならまだしも、それ以上に観察すべき感染者を抱えて、こういう場合にいつでも現場に急行できる体制を完備している医療機関があるとすれば、それは極めて特殊なところだ。
CT画像で両肺に多数のスリガラス様陰影所見を認め、パルスオキシメーターで91パーセントと酸素飽和度が著しく低いにもかかわらず、呼吸困難を訴えないケースもある。こういう患者さんはテレビ電話などを仮に駆使しても重症化や急変の予兆を見逃す危険性が極めて高い。新型コロナウイルスとくにデルタ株のように基礎疾患のない若年層おいても急激な転帰をとる疾患に対して、リアルタイムに容体観察や急変時に機動的対応のできない在宅医療は、ほぼ無力であると言っても過言ではない。
在宅医療が新型コロナの感染急拡大局面で有用でないもう一つの理由は、極めて非効率という点だ。少し考えれば解ることだが、個人個人の居宅は地域に散在しており、地域にもよるが、これらを車で巡回する場合、1軒あたり10分しか滞在しないとしても移動時間を考えれば1時間に3軒回るのが精いっぱいだ。新型コロナ感染者であれば、その一軒一軒で防護服の着脱も必要だから、しっかり診療するのであれば時間あたり1〜2軒が限界だろう。つまり安全性はもちろん効率性から言っても無理筋なオプションなのだ。