「話し手」ではなく「聞き手」の立場で話す
僕は、「プレゼンが苦手なんです」という人から、相談されることがよくあります。学生から経営者まで、いろんな人がいろんな立場で「プレゼンがうまくなりたい」とやって来ます。そんなとき、僕はまず、「聞き手になって話してください」と言うことにしています。
なぜならそれが、最高のプレゼンへの最初のステップであり、それだけでも十分に、プレゼンがうまくなるからです。
「どう話せばスムーズに理解できるか?」「何を話せば興味を持てるか」といったことを、相手側の立場に立って考え直してみるだけで、自分のプレゼンの中身を客観視でき、「これじゃわからない」「興味が湧かない」「長く話しすぎ」などの気づきが生まれ、プレゼンがわかりやすくなります。
言い換えると「相手の立場に立って」考え、つくり、話すということ。ただそれを意識するだけでも、プレゼンががらりと変わります。実際に、それを部下にアドバイスするだけで、すごくわかりやすく面白いプレゼンになったことが何度もありました。
「答えは相手の中にある」は、僕の口癖のひとつですが、長い経験から見ても、それは真実だと思います。どんなときも、届けるのは「自分の思い」なのですが、相手の立場に立てば、思いの届け方に「答え」があるとわかるのです。
僕の大好きな落語家である立川志の春さんも「お客様がどう思っているかで、話す内容も、話し方も変える。そうすることで、相手がもっと面白がってくださるんです」と話されていました。相手の立場に立つことは、芸を極める答えでもあるのでしょう。
ちなみに演劇には「我見」と「離見」という言葉があり、その中でも、客席側からの視点を指す「離見」が大切だと教えられるそうです。いずれも、相手の中に答えがあるということだと思います。
これはもちろんプレゼンでも同じこと。大切なのは「離見」です。相手の立場に立って自分のプレゼンを見るスキルをモノにすれば、最高のプレゼンに一歩近づけます。
もちろん「相手の立場で考えるのが大切だなんて知ってるよ」という人も多いと思います。そんなに珍しい考えではありませんし、「お客さま発想」のようなキーワードも多くの会社のスローガンとして掲げられています。なのになぜ、本稿の最初にこの話をしているか?
それは、この「相手の立場に立つ」ということこそが、企画やプレゼンでもっとも大切なことであり、ほぼすべての企業や人ができていないことだからです。
「相手のために」話すのは、間違い
相手の立場に立とうというと、よく「相手のために話せば良いのですね?」と返す人がいますが、それは大きな間違いです。「相手のためにすること」と「相手が望んでいること」は同じではありません。
相手のために考えても、結局は自分たちが考えた、自分たちがやりたいことを押し付けることになりがちです。
2020年の春には、コロナ禍で窮地に追い込まれた飲食店を救うために金銭的な支援をする活動が多くありましたが、実際に飲食店のシェフに聞くと、「気持ちはうれしいけれど、施しだとプライドが傷つく。プロとして美味しいものを提供して対価をもらいたい」と話していました。
「助けたい! だから相手のためにお金を寄付します」というのは、ある意味「出し手の論理」です。でも、相手の立場に立てば、しっかりと美味しい料理を食べてもらい、納得して対価をもらいたいという本音が発見できます。そうすれば違うアイデアも生み出せるわけです。
人は、プレゼンでも、会議でも、後輩へのアドバイスでも、子どもへのしつけでも、さらにはプロポーズですら、「相手のために」と思いながら、ついつい自分のエゴを出してしまいます。
「自分の思いを必死で伝えれば、それを相手も受け止めてくれるし、相手のためにもなる」と自分に都合よく解釈してしまうのです。相手側にすればそんなエゴに付き合うのも嫌なので、ニコニコしながら軽くあしらったりもするでしょう。
付き合って間もない恋人のように、相手を理解しようとしているなら別ですが、普段の会話で一方がエゴを押し付けると、「まあ適当に聞いておこう」で終わるのが現実。
これがプレゼンとなると、お金のやり取りや仕事上の責任が発生するので、相手のエゴなど聞くはずもなく、「自分や会社に都合良いこと以外は、すべて突っぱねよう」という壁が生まれ、意思疎通がさらに難しくなります。
普通の話し合いでも難しいのですから、プレゼンでは、内容のほとんどが「うまく伝わらない」と考えたほうが良いでしょう。