「かまれるのが嫌だったら、首にかけなければいい」は無理

次が、かんでから。見ていた後藤さんは、「アハハ」と反応した。すると市長は後藤さんを見て、小声で「なあ」と言った。後藤さんは、「はい」と答えた。市長は「オッケー、オッケー」と短く反応した。これだけでは伝わらないかもしれないが、ここはすごく問題のパートだ。気持ち悪いパートと言ってもいい。

そのあと、市長は取材陣の方に向き直り、「あー、ほんとに重てゃーです」と言い、メダルを外し後藤さんに返した。マスクを外したまま、「おめでとうございます」と言い、後藤さんは「ありがとうございます」と返した。市長と報道陣にお辞儀を繰り返す後藤さんが映って、映像は終わる。

写真=時事通信フォト
ソフトボール女子五輪代表の後藤希友投手(右)の表敬訪問を受け、首に掛けてもらった金メダルにかみつく名古屋市の河村たかし市長=8月4日午前、同市役所

セクハラ事件が明るみになると、「(被害女性は)拒絶しようと思えば、できたはずだ」という人が必ず出てくる。そういう人には、ぜひこの映像を見ていただきたい。今回なら「かまれるのが嫌だったら、首にかけなければいい」ということになるだろうが、それがいかに無理かがよくわかる。だって「表敬訪問」だし、メディアも並んでいる。「嫌です」と言うのはかなり難しい。

かんだ直後に「なあ」と言って、同意を求めている

今回に限らない。要求されたことに一抹の不安というか違和感があったとしても、「一抹」の段階でノーと言いにくいのだ。予防的に声をあげるに越したことはないが、まさかと思う気持ちもある。今回なら、まさか市長が金メダルにかみ付くと誰が想像するだろう。

そして、先ほども書いたが、問題はかんだあとだ。後藤さんの「あはは」という反応が歓迎の笑い声でないことは、きっと河村市長も感じたのだろう。だから「なあ」と言ったのだと、映像から伝わってくる。書いていても不愉快になるが、「なあ」のあとに省略されている言葉は、「別にいいだろう」だと思う。百歩譲ってというか、気持ち悪い度を下げて解釈してあげるとしたら、「面白かったよね」になるかもしれない。

ちょっとおちゃらけただけ、冗談だよね、わかるよね、と同意を求めているのだ。その強引さに言われた方は、「はい」と言わざるを得なくなる。それを聞いて、市長は「オッケー、オッケー」と答えるのだ。はい、同意できたよね、お互いに問題ないことが確認できたよね、「オッケー、オッケー」。セクハラ後の処理として、セクハラした側がとる行動。それが映っていると思い、すごく気味が悪かった。

そんな生理的感覚から、ここまで「セクハラ」と書いてきたが、十分にパワハラでもある。自分を表敬してきた相手に、その人の所有物を貸せという。自分の方が立場が上で、断れない相手だと知っていて無理を言う。それだけでなく、借りた所有物に傷をつけるような行為に及ぶ。十分以上にパワハラだ。