「すべてを疑え」という言葉を疑えるか

反抗期という精神の発達段階があることからも、反抗的な態度や批判的な思考は、まず両親に向かって芽生えるということがあると思うのですが、今の若い世代にそういうものがないとしたら、彼らに向かって「まずは疑う」ということの意味をどう伝えたらいいのか、これは相当に難しいぞと思いました。

学生だけではありません。全学生に向けた講演で、私が「すべてを疑え」と話したことに対して、他の先生から、それはちょっと困るというコメントをいただき、次からは言い方を変えるといったこともありました。私の話を聞いた学生たちが、他の先生の講義やゼミで先生の揚げ足ばかりとるようになってむしろ学びが妨げられてしまう、というのです。なるほど、それはよくないなと思い、翌年の講演では、「実は去年、『すべてを疑え』と言ったら、その私の『すべてを疑え』という言葉を疑わなかった人ばかりだった」という話をしたのです。

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クレタ人のパラドックスというよく知られた逸話があります。「クレタ人は嘘つきだ」とクレタ人が言ったとき、これは真か偽か。論理のジレンマのような逸話です。それと似たロジックを使い、「すべてを疑え」と言った私の言葉を疑わなかったみなさんはとても素直であると、話を展開してみました。その真意が伝わったかどうか……、時間はかかりそうです。

「銀行の内定を蹴って、NHKに来ました」

「疑う」という態度について、もう少し視野を広げてみると、日本人全体がある時期から疑わなくなってしまったのだと思います。そのことを強烈に感じたのは、まさに日本経済がバブルに沸いていた1980年代後半の時期ですね。

池上彰・上田紀行・伊藤亜紗『とがったリーダーを育てる 東工大「リベラルアーツ教育」10年の軌跡』(中公新書ラクレ)

当時私はNHKで首都圏ニュースのキャスターをしていたのですが、新人ディレクターが、「僕は第一勧銀(みずほ銀行の前身)の内定もらって囲い込みがあったんですが、かろうじて逃げてNHKを受けに来ました」と平然と言うのです。「なんだって⁉」、それを聞いて私、烈火のごとく怒りました。

「君ね、銀行から内定もらうような人が、マスコミに来るなんてけしからん」と、結構ののしるような口調で言ってしまったのを覚えています。

銀行に就職することに問題はありません。しかし、資本主義の富による権力構造の中枢を担っている銀行と、権力を監視するメディアと、両方に願書を出して、両方受かったからさあどうしようかと天秤にかける、その態度が、私としては信じられないという気持ちでした。それは違うだろうと。