警官「お母さんはもう、家にひとりでいるのは危険です」
母親と別れたのが13時ごろ。父親と合流した頃には、もう16時になっていた。2人で交番へ行き、警官に母親が行方不明になった経緯を説明する。書類を書いていると、父親の携帯電話が鳴った。会社からだ。
どうやら母親は、自宅ではなく、自分が生まれ育った実家に向かって歩いている途中で迷子になり、不審に思った人に交番へ連れてきてもらったらしい。母親の自宅と実家とは、8キロほど離れていたが、母親が保護されたのは、母親の実家まであと2キロほどの交番だった。
母親は交番で「女の人に車から降ろされた」と話し、自分の名前は言えたが、自宅の住所や電話番号は言えず、自分の実家の地域名を答えていた。かろうじて父親の会社名が言えたため、警官が会社に連絡し、会社から父親の携帯電話に連絡が入ったのだった。
柳井さんも父親も、母親の症状がここまで進んでいたことにショックを受けた。そして警官からの「お母さんはもう、家にひとりでいるのは危険です」という言葉で、父親は退職を決意。柳井さんは何度も「私のせいだ」と自分を責めたが、父親や妹のおかげで、何とか気持ちを立て直すことができた。
69歳の父親は土木関係の仕事を辞め、72歳の母親の介護に専念
2019年6月末、69歳の父親は、長年勤めた土木関係の仕事を辞め、72歳になった母親の介護に専念。
朝、昼の食事の支度と母親の服薬管理は父親が、洗濯・食器洗い・夕食の支度は2人目の子を妊娠していた柳井さんが担当した。
10月、柳井さんは次女を無事出産。
11月、母親は腰の痛みを訴え始めた。整形外科を受診し、MRIなどの検査を行うと、脊柱管狭窄症と診断。痛み止めと湿布を処方された。しかし一向によくならず、母親は激痛のために食欲も落ち、寝たきり状態に。
父親は、「痛そうでかわいそうだし、こんな状態では預かれないだろう」と言い、デイサービスはしばらくお休みすることにした。
12月、母親はデイサービスを3週間休み、その間、ずっと在宅で介護していた父親に疲労の色が濃くなっていた。母親はトイレにも行けなくなり、オムツを使い始めるが、それでもトイレには行きたがるため、父親は痛がる母親を支えてトイレまで連れて行く。寝たきり状態が続いたせいか、母親は意味不明なことを言うことが増え、昼夜逆転生活に陥っていた。
父親を心配した柳井さんが、デイサービスに相談すると、「お母様の状態に合った対応をしますので、預かりますよ」という。柳井さんも父親も、「もっと早くデイサービスに相談すれば良かった」と後悔。柳井さんは、生まれたばかりの次女の世話に必死で、両親のことを考える余裕がなかったことを反省した。
デイサービスの職員は、腰を痛がる人の介助を心得ていた。体を拭くだけで3週間入浴できなかった母親は、デイサービスで入浴させてもらうことができ、栄養バランスのとれた食事や最適なレクリエーションによって、顔色が良くなってきた。