娘を連れて帰るのは自宅か実家か、本当に悩んだ

なんとも情けない図が浮かんでくる。実際には見ていないのだが、カヨコさんも簡単に思い起こせるのだろう、クスクスと笑っている。

「当初、母は私には知らせまいとしたようです。だけどブラシを持ってこないから私が問い詰めたら、『出産したばかりのあなたには言いたくないけど』と話してくれた。なんとなく予感があったのかもしれません、私。それを聞いても取り乱したりはしなかった」

夕方になって、夫がようやく病室に姿を見せた。ドアを開けておどおどしたように中を見渡している。

「大丈夫よ、お母さんは帰ったからと言ったら、ひきつった顔をしていましたね」

夫はあれこれと言い訳をしていたが、カヨコさんは「あなたに言い訳する資格はない。これからのことは私が考えるから」とぴしゃりと言った。

赤ちゃんを抱いた夫の目からぽろりと涙がこぼれたのをカヨコさんは見逃さなかった。

「あなたが腕に抱いているのは、命だよと言いました。落としたらもう失われてしまうほどの命なんだよって。夫はただ黙って泣きながら、娘の顔を見ていました」

それから退院するまでの間、カヨコさんは考え続けた。夫とつきあっていた3年間に起こったこと、夫がかけてくれた言葉の数々、彼女が落ち込んだとき朝までつきあって励ましてくれたこと。

「それでも私が出産しているときに女を家に連れ込んだことは致命的ですよね。つきあっている3年間と結婚生活1年間、合計4年間の夫との関係を無価値と決めつけるくらいひどいことをしたとは思いました。でも夫は『もう一度だけでいい、チャンスがほしい』と言っている。娘を連れて帰るのは、自宅か実家か、本当に悩みました」

写真=iStock.com/solidcolours
※写真はイメージです

離婚しないでおこうと思った“決め手”

退院前日、夫から「明日、迎えに行く。来るなと言われても行く」とメッセージが来た。どちらかといえば強い物言いをしない夫の決意表明に、カヨコさんはもう一度賭けてみようと決めた。

「本当かどうかわからないけど、あの日、家に連れ込んだ女性は友人の友人で、ふたりともひどく酔っていて、方向が同じだったのでタクシーに乗ったそうです。女性の家は遠いので夫が自宅マンションの前で先に降りた。気づいたら女性も降りていたのだ、と。なんかうさんくさい言い訳だったけど。しかたがないので家に入れて、その日はふたりともリビングのソファに倒れ込んで寝てしまった。

翌日昼ごろ起き、迎え酒だとワインを飲んだ。女性がシャワーを浴びたいというので提供した。それだけだ、と夫は言い張りました。あとから避妊具が減っているのを見つけたので、その言葉はまったく信用していないけど、娘を抱いたときの夫の涙は信用してもいいかなと思ったんです。それにどうやら、夫は彼女に恋をしているわけでもなく、今後つきあうとかそういう関係でもなさそう。そこが決め手だったかもしれません」