「命を奪うために獣医師になったわけではない」

東京都獣医師会中央支部長で獣医師の神坂由紀子さん(番町いぬねこクリニック)は言う。

「ガス室での殺処分がかわいそうだからと、獣医師が注射によって安楽死をさせる方法ならと考える人がいるかもしれません。しかし、これは獣医師の負担が大きいのです。安楽死のための注射を打ち続ける毎日に絶望し、動物の診療ができなくなる人もいます。私たちは命を奪うために獣医師になったわけではありません」

同じく獣医師の齊藤朋子さんは、「殺処分ゼロ」を目指して走り続けてきた。「あまみのねこ引っ越し応援団」として奄美大島で捕獲される猫を譲渡する活動を行いつつ、NPO法人「ゴールゼロ」の代表も務める。「ゴールゼロ」とは、殺処分ゼロへの誓いから生まれた名称だ。

「動物のお医者さんってかっこいい!」と思った

齊藤さんは小学4年生の時から獣医師を志してきた。

「あまみのねこ引っ越し応援団」を立ち上げた獣医師の齊藤朋子さん(撮影=笹井恵里子)

「犬も猫も拾ってくるような実家で、さらに母親はうさぎが好きで飼っていました。ある時、わが家で生まれたうさぎの赤ちゃんが室内で足の骨を折ったので、動物病院に連れていったんです。折れた足をテーピングで固定して、その赤ちゃんが歩けるようになった時、動物のお医者さんってかっこいい! と思いました」

勉学に励み、獣医学部に進学したものの、卒業する頃には就職氷河期時代。齊藤さんは小さな製薬会社に就職し、そこで犬猫に対する薬の国内認可を申請するため、英語の臨床試験のデータを日本語に翻訳する職に就いた。

「たしかに獣医学の知識がないと難しい仕事でしたが、動物に治療をするわけではないし、つまらなかった」

入社して6年ほどたった頃、齊藤さんはある病を発症して休職、入院生活に。

「熱がなかなか下がらなくて、しんどい入院生活中、自分が休んでも会社も世界もまわっていくんだな、と実感しました。自分ではすごくがんばってきたつもりだったけれど……。それで会社を辞めたんです。その頃、動物愛護団体のシェルター(保護施設)から、獣医になってほしいといわれて、でも私は獣医大学を卒業して5~6年もたっているのに注射もできない。動物病院に勤める年下の獣医師からいろいろ教わりました」