自由貿易論の限界は、中東が証明している

【水野】しかし、もしその理念が本当に正しいものであるならば、今頃、発展途上国なんてこの世に存在していないはずですよ。

【古川】そうですよね。しかし残念ながら、現実は異なりますね。

【水野】自由貿易論はこの世に誕生して、すでに200年以上が経過していますが、途上国はいまだに途上国のままです。典型的なのは中東です。石油がたくさん出るのに、一向に経済発展していませんし、政治情勢も危ういままです。

【古川】〈自由貿易〉×〈グローバリゼーション〉の相乗効果で、企業のサプライチェーンは幾重にも複雑化しました。

今回、新型コロナウイルスのパンデミックで、一時的にマスクが品薄になりました。日本人が花粉症だ、インフルエンザだと重宝にしているマスクの実に8割が中国産であることを、私たちは今回初めて知りました。マスクだけでなく、よく見ると身の回りのほとんどありとあらゆる商品は、地球の各地を経由して私たちの手元に届けられています。

【水野】先日、ある新聞記事で、企業のトップがこんなことを話していましたよ。「わが社のサプライチェーンをつなぐ距離は、地球と月を往復できる距離だ」と。その経営者は、コロナで初めてその事実に気づいたそうです。

地球と月を往復できるくらいなら、地球だけなら何周もできるほどの距離でしょう。それほどの長距離を、部品なり、原材料なり、加工品なりを日夜せっせと運んでいる。当然ですが、その過程で大量の二酸化炭素も排出しています。

グローバル企業が豊かになっても、下請けの賃金は雀の涙

【古川】効率や安さを求めて外に出ていく間に、気づいたら地球を何周もしていたなんて、なんだか皮肉な話ですね。

水野和夫・古川元久『正義の政治経済学』(朝日新書)

【水野】しかし、同様のことは、3.11の東日本大震災でも話題になっていましたよ。企業のサプライチェーンを調べてみると、だいたい三次下請けまでは把握できるけど、四次、五次、六次となると、もはや大元の企業は把握すらできない。こんな不自然な状況は変えるべきだと当時も議論されましたが、喉元過ぎればなんとやら。その後も結局、地球を何周分もする距離のサプライチェーンを構築していたというわけです。

それらのチェーンのどこかで事故なり、災害なり、政治的不安定が生じると、すべての業務が滞ってしまう。蝶の羽ばたき効果のように、地球の裏側で起こった出来事が、私たちの生活や仕事に影響するんです。それが、コストの安さばかりを求め、利益を最大限に追求してきた自由貿易の実態であり結果です。

【古川】ピラミッドの頂点に立つグローバル企業は、その利益でどんどん豊かになっていくけれど、アジアのどこかの国で五次、六次下請けとして働いている人々には、スズメの涙くらいの賃金にしかならない。これが最大の問題ですね。

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