政治を引退し、がんを患いながら、森が最後に選んだのが東京五輪の組織委会長の椅子だった。森は『遺書』で会長職はボランティアで、「私設秘書や運転手は自分のお金で雇っています」といっている。だが、ここは元都知事の舛添要一がツイッターで指摘したように利権の巣窟である。
「五輪は巨額のカネが動く。日本は準備に2兆円、儲けの目論見は33兆円。アスリート・ファーストなどと綺麗事を言っても、所詮はカネだ。菅義偉、大臣病の政治家、電通、スポーツ団体、財界に命令し、利権の調整と配分が出来るのは森喜朗しかいない。だから辞められない」
各方面との利害調整ができる人間はいない
また、日本側から「中止」をいい出すと、IOCが保険会社から受け取るといわれる保険金の一部を受け取れないため、最後まで開催といい続け、IOCが「中止を決定」して、やむなくそれに従うという形に持っていくという話も流れている。
どちらにしても、そうしたドロドロした話をまとめ、一番有利な形に持っていく「腹芸」ができるのは、森を置いて他にいないことは間違いない。
森が「必ず開催する」「無観客でもやる」といい続けているのは、IOCやJOC、日本政府、東京都などの利害を“忖度”し、水面下で調整しているからであろう。
すでに東京五輪は中止へと動いていると思う。第一、世論のほとんどが「やるべきではない」といっている東京五輪には、もはや大義名分はない。
今回の女性に対する差別的な発言も、森の周りに知恵者がいて、そうした「東京五輪中止利権」から、納税者である国民の目を逸らせる“策略”ではないのか。私にはそう思えてならないのだが。(文中敬称略)