人々の暮らしをより豊かに――これは創業時から小林を突き動かしてきた原動力だ。阪急電鉄(当時は箕面有馬電気軌道)は開業時、「何もないところをクネクネ走る、田舎のミミズ電車」と揶揄やゆされることもあった。

「人を運ぶ」ではなく「運ぶ人を生み出す」

というのも、このころの鉄道は、都市間を結ぶものや、すでにある程度発展した市街地を走るのが常識であったのに対して、阪急は、田畑や森林地帯の多い「未開の地」に路線を敷いたのだ。だが小林は、この路線に勝機を見いだした。誰も住んでいない沿線に、鉄道と合わせて住宅開発を手掛けることで、住民を増やし、乗客も増やすという展望を描いた。

そして、単に住めればよいというものではなく、一定の広さやクオリティを確保した住居を用意。当時としては画期的な取り組みとして、全戸に電気や水道を引いたり、住民同士が交流できるコミュニティをつくったりするなど、住民の生活レベルを向上させるためのさまざまな施策も行った。

人を運ぶのではなく、運ぶ人を生み出し、その人の生き方も創り出す――。

それまでの鉄道会社の考え方とは一線を画す考え方が、創業時から貫かれていたのだ。そしてそれは、生活基盤の整備だけでなく、百貨店事業や宝塚などのレジャー事業といった随所にあらわれ、人々により豊かな暮らしを提案してきた。

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赤茶色でいつもピカピカな車体

②イメージを守るための労力、費用を惜しまない

このように住宅開発や街づくりを進めていく中で、阪急は利用者が「中の上の生活を送ることができる」と感じられるような沿線のブランドイメージを築いていったと言える。

そして、このブランドイメージを細部に至るまで表現するためには、労力や費用も惜しまない。この抜かりなさも、強いブランド構築には欠かせないものの一つだ。

たとえば大阪梅田駅のホームを見てみると、ツルツルで光沢を放っていて、明らかに他の駅とは違う。これは床に塗られた樹脂製ワックスによるもので、駅の床材に合った濃度のものを、毎月1回塗布している。

「マルーン」と呼ばれる赤茶色が印象的な車体もピカピカなイメージがあるだろう。

車体の塗装は、軽い補修の後で本塗りを1回という鉄道会社が多い中、阪急はパテで表面を平滑に仕上げた後、下塗りや本塗りを重ねる。

塗装作業が終わった後は、工場に保管されている色見本の板と見比べて、基準通りの色となっているかをチェックする念の入れよう。これほどまでの手間を、特急車両ではなく一般の通勤車両すべてにかけているのだ。

外観だけではなく、アンゴラヤギの毛を使用した肌触りの良い座席など、車内においても美しさ、快適さを追求している。