なでしこがあきらめない理由

「私たちは澤さんの負担が大きくなりすぎないように、とは考えていました。プレーの面でも全力でサポートしていきますし、澤さんだって人ですから、少しでもリラックスできる時間をつくってあげたいです。澤さん頼みになってしまわないように、私たちがしっかりレベルアップしていかないといけないと思います」

団結力の象徴としてチーム最年長、36歳の控えゴールキーパー山郷のぞみの存在は大きかったと宮間は言う。

「山郷さんは北京オリンピックのときに、バックアップメンバーで出場できませんでした。にもかかわらず、佐々木監督のことを信頼していますし、チームのために、献身的に全力でサポートしてくれました。山郷さんなしに、チームはまとまらなかったのではないかと思います」

決勝のPK戦で大活躍したゴールキーパー海堀あゆみは、帰国時の会見で「(控えのキーパーである山郷と、福元美穂とともに)3人で闘っていた」ことを強調していた。

岡山湯郷ベルで宮間のチームメートでもある、福元美穂は、ワールドカップ期間中を振り返る。

「3人はお互いにライバルです。山郷さんも私も、正ゴールキーパーの海堀に何かあったら、試合に出なければいけない。なので、3人でしっかり、誰が出てもいいように、共通意識を持って臨んでいました。勝つためには相手チームのどこが脅威になっているかとか、どうやったら失点しないで守り抜けるかということを、ゴールキーパーコーチの前田(信弘)さんを交えてビデオで研究をしていました」

岡山湯郷ベル本拠地である美作市に、宮間、福元を訪ねた。彼女たちの肉声を聞き、練習の姿を見た。彼女たちからは優勝に浮かれる気分や、おごる姿勢など、みじんも感じられなかった。

トレーニング中に給水タイムがきた。ボトルを真っ先に取りに行き、仲間に配ったのは、所属クラブでは絶対的エースの宮間あや、その人だった。

なでしこジャパンの「あきらめない心」が、どこにあるかが少し理解できた気がした。ヒントは上田からもらった言葉である。

「なでしこの選手たちには、『自分たちが女子のサッカーの看板を背負っている』という強い気持ちがあると思います。『ここで負けたら女子サッカーの灯が消えてしまう』という危機感を持って試合に臨んでいる。その気持ちが、『あきらめちゃいけない』原動力になっているのだと考えています。

それから、もう一つ。東日本大震災の復興の力になりたい、という思いも強いモチベーションになっていました」

アメリカとの決勝の直前、宮間あやはボランチの阪口夢穂にこう話した。

「ここで優勝するのと、準優勝じゃ、ほんとに大きく違うよ。絶対優勝じゃなきゃダメだよ」

そして勝ち取った頂点。宮間は言う。

「女子サッカーの歩みが順調でないことは確かです。アテネオリンピックで一度盛り上がりましたが、すぐに消えました。北京オリンピックのあとも、少し盛り上がりがあって、また消えた。浮き沈みを繰り返していますから。

確かに今回の優勝で、すごいフィーバーになりました。ですが、今までの経験があるので『また消えるのは怖いな』という気持ちです。選手は誰一人として満足していませんし、露出が多くなったことで、危機感も大きくなりました。今度こそフィーバーを根強い人気に変えていきたいです。その意味では、ワールドカップの後に、ロンドンオリンピックの予選があることは、女子サッカーの人気を不動のものにするチャンス。だから、9月から始まる予選は、絶対に負けられません」

世紀の優勝のあと、なでしこ戦士たちのおかれた厳しい生活事情が、さまざまな媒体で紹介された。彼女たちのひたむきさは日本人の心を捉えた。観客動員、待遇改善にも追い風が吹きつつある。国民栄誉賞の授与も決定した。それでも彼女たちが身につけているものは不変だ。

「ひたむき、芯が強い、明るい、礼儀正しい」

なでしこビジョンに掲げられた“なでしこらしさ”は、いまの日本に必要なものを、すべて体現しているのだ。

※すべて雑誌掲載当時

佐々木則夫●サッカー日本女子代表(なでしこジャパン)監督
1958年生まれ。明治大学を経て、NTT関東サッカー部(現・大宮アルディージャ)でプレー。同チーム監督などを経て、2008年より現職。10年アジア大会優勝。11年女子W杯ドイツ大会優勝。

上田栄治●日本サッカー協会理事・女子委員長
1953年生まれ。青山学院大学を経てフジタ工業クラブサッカー部(現・湘南ベルマーレ)でプレー。マカオ代表監督、日本女子代表監督、湘南ベルマーレ監督などを経て、現職。

宮間あや●岡山湯郷Belle ミッドフィルダー
1985年生まれ。幕張総合高校卒。NTVベレーザ(現・日テレベレーザ)を経て、岡山湯郷Belleの発足に参加。米国女子サッカーリーグを経て、2009年、岡山湯郷Belleに復帰。03年より日本女子代表。

福元美穂●岡山湯郷Belle ゴールキーパー
1983年、鹿児島県生まれ。山川中学校、神村学園高等部を経て岡山湯郷Belleに入団し、現在に至る。2002年より日本女子代表。現在、岡山湯郷Belleでキャプテンを務める。

(上飯坂 真=撮影 AFLO、AP/AFLO=写真)