前提情報を欠く中での政策判断

また、陽性者数の増加に伴い、発生届を手書きで記入してFAXで送信する業務が医師の負担となり、また、医師からFAXにより受けた発生届の内容をNESIDに入力する業務が保健所の負担となり、対応の遅れにつながっていきました。

このように、そもそも従来の感染症法上のサーベイランス体制においては、大量に検査を実施することが想定されていませんでした。そのため、政府が全国的な感染拡大状況を適時かつ正確に把握することができず、様々な政策判断の前提となる情報を欠く中で危機対応を強いられることとなりました。

ある政府高官は、感染症の性質や正確な感染状況がつかめなかったコロナ対応の初動について、「何が起きているのか相手が見えない。目隠しの中での対応だった」とその危うさを振り返りました。

削られ続けた感染症対応の人員体制

2009年の総括会議の報告書には、感染症危機管理に関わる体制の強化のために、国立感染症研究所、保健所、地方衛生研究所などの組織や人員体制の大幅な強化が提言されていました。しかし、度々感染症拡大の危険にさらされながらも、幸運にもこれらを水際で食い止めることができたため、日本国内では感染被害は広がりませんでした。

パンデミックへの警戒が次第に薄れる中、行政改革による定員削減圧力の中で、感染症危機への備えの予算は削られていきました。感染症危機対応の公衆衛生的な対応の中核を担う国立感染症研究所でさえ、その定員は、2009年と2010年の2年間増員となったあとは年々減少をたどっています。

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現場で感染症対策の実務を担う保健所の職員数も「定員削減の財源みたいなもの」(内閣官房幹部)として扱われ、年々削られてきました。厚労省幹部はこうした実態に、「喉元を過ぎると熱さを忘れてしまった」と反省の弁を述べました。

感染症対策部門は「予算削減の対象になりやすい」

毎年厳しい予算削減圧力が各省にかかる中、予算編成の手続きの過程で関係業界など声の大きいステークホルダーを抱える部局の予算がどうしても優先される一方、感染症対策のような分野は人事・財政当局からの行政改革圧力に抗するすべがなく、予算削減の対象となりやすい側面があることは否定できません。

しかし、感染症のように、発生頻度は低くともいざ発生すれば国家的な危機に発展する可能性のある「テールリスク」への備えについては、こうした省内力学による調整に委ねることは適切ではありません。

こうした指摘について、厚労省幹部は、めったに起きないパンデミックのような危機に対して、常時備えておくべき「コアキャパシティ」と、非常時にだけ起動する「サージキャパシティ」を組み合わせることにより、「効率と迅速さをバランスさせていかなければいけない」と述べ、備えのあり方を見直す必要があることを認めています。