というのも、「知識」として避妊について学んでいたとしても、避妊について「話す」訓練を受けていないと、イザというときに避妊についてパートナーに話すことを「恥ずかしい」と感じてしまい結局は避妊をしないということにつながりかねないからです。そのため話しにくいとされるテーマだからこそ、オープンに口に出し「会話をすること」も性教育の一環だとされています。

なお、最初から最後まで「生徒が知りたいことは全部教える」のがドイツ流の性教育です。

先ほど会話が重視されていると書きましたが、性的なことに関する個人的な悩みについては、生徒に各自匿名で紙に書いてもらい、専門家がその質問を皆の前で読み上げて回答する場合もあります。相談内容は性行為に対する不安だったり、自分の性器の形や大きさに対する不安だったりとさまざまです。

性とポジティブに向き合うための教育

ドイツの性教育では「生き方」には言及しないことになっています。

仮に女の子に対して「将来子供を産むのだから自分の身体を大切にしましょう」と教えれば、遠回しにその女子生徒が将来子供を産むことを前提にしているため、女子生徒の「生き方」への口出しになってしまいます。

男の子に対して「相手の女性が妊娠したら結婚しなくてはいけない」というようなことも個人の「生き方」に踏み込むことになるので、性教育の際、専門家や先生からそういった発言はありません。

先生や専門家が「モラルを説く」のはダメで、あくまでも、生徒に性行為があることを前提に「妊娠しないための方法」「性病を防ぐための方法」を具体的に教えます。また性行為を「危険」という観点でのみ扱うのではなく、生徒が性的自己決定権を持ち自らの性とポジティブに向き合うことも性教育の目的です。

なお、ドイツで性教育は特別視されることはなく、あくまでも「一般の教育」(独語:Allgemeinerziehung)の一環としてとらえられています。

「家庭の方針」での欠席は認められない

こういった指針のもと、ドイツで性教育というものがいかに「真剣」に考えられているかは、「家庭の方針で性教育の授業やプロジェクトを欠席することが許されていない」ということからも分かります。

ドイツには多くのイスラム教徒が住んでいますが、家庭によっては「娘に学校で性教育を受けさせたくない」と考える親もいます。しかし2004年にハンブルクの行政裁判所は「宗教上の理由から子供にドイツの学校の性教育の授業を受けないことは認められない」とし、後に連邦憲法裁判所も同様に判断しています。

理由は「性教育を受けさせても、宗教を信仰することは可能」「宗教を理由に子供にドイツの性教育を受けないのは、(ドイツ社会からの)本人の疎外につながる」ことなどが挙げられています。また2011年に欧州人権裁判所も「宗教上の理由で国(学校)の性教育を欠席することは認められない」と判断しています。