アルコール消毒は15秒、手洗いは20秒と丁寧に

この原稿を書いている(8月12日)時点で感染者7人の岩手県に続いて、感染者21人の鳥取県は2番目に感染者の少ない県である。特にとりだい病院のある鳥取県西部の感染者数は東京からの訪問者1人を含めて2人のみ。

それでも千酌は警戒を緩めていない。

「ぼくたちは毎日PCR検査を沢山していますが、全然出ない。この一帯は安全じゃないかとは思っています。現状ではリスクはない。問題は今後ですね」

ワクチンは開発されていないが、知見は蓄積しつつある。人から人へとウイルスを運ぶのは、飛沫、あるいは手の接触が主であることが判明した。

飛沫は、会話、咳などで飛び出し、1、2メートル以内にいる対面する人の目、鼻、口の粘膜に付着し、感染が始まる。この対策はマスクである。手の接触には手指衛生――アルコール消毒、手洗いが有効である。

「アルコールはすごくいい消毒薬なのですが、きちんとまんべんなく刷り込まないといけないです。つまり手の隅々にまで塗り広げないといけない。だいたい10秒から15秒と考えて下さい。手洗いも同じ。おまじないのように、ちゃっちゃっと洗っているのでは駄目です。20秒程度、手首まで掌の表裏、丁寧に洗うこと」(上灘)

マスクをすり抜けてしまうほど細かい、ウイルスを含む塵埃じんあい――ちりやほこり、気管内挿管などの医療処置による(霧状の)エアロゾルを吸い込み、肺胞で増殖する可能性はあるが、それ以外はこの二つでほぼ防げると考えていい。

特に手洗いは日々の習慣として軽んじられがちではあるが、科学的な根拠がある。

ウイルスの多くに共通しているのは、感染した細胞から外に出るとき、“宿主”の脂質膜を剥ぎ取って「エンベロープ」を作るという性質だ。エンベロープがウイルス粒子の最も外側を包み込み、新たな“宿主細胞”に融合、侵入する。

このエンベロープはリン脂質で出来ているため、その構造を壊してしまう界面活性剤、つまり石鹸に弱い。インフルエンザ、そして新型コロナウイルスはエンベロープを持つため、石鹸が効果的なのだ。

正しい情報を手に入れること、理知的に判断すること

感染症の専門家である千酌は自らに厳しい行動制限を課している。

「ぼくは(感染の可能性が高いとされている)閉所、スポーツジムやライブハウスのようなところには行かない。集会は100人以下。集会を主催する場合は、定員の50パーセント以下というのがとりだい病院の基準です。正直なところ感染対策と経済をどう両立すればいいかは分かりません。私ができるのは科学的にはこうです、と言うだけ。医学者は、経済を忖度するべきではないと思うんです」

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 5杯目』

医学的見地に基づいた意見、経済学者からの意見を最終的に政治が判断するのが正しいありかただろう。そして、各自が自分の生活、仕事形態に合わせた論理的な行動をすることが大切だと千酌は考えている。

「例えば、一人で車に乗っているとき、風が吹いていて開けた場所を歩くときはマスクをつける必要はないと思うんです。ただ、店などの密集したところに入るときはマスクをつける。スポーツジムについても、もし自分がジムの経営者ならば、できるだけ風通しをよくして、予約制にして人数制限します。それぞれが治療方法が定まるまでは新型コロナウイルスと共生するしかない」

現時点ではこのウイルスの全貌は分かっていない。

ウイルスを過度に恐れて生活を止めてしまえば、別の形で社会は崩壊するだろう。現時点で我々は新型コロナウイルスを受け入れるしかない。日々更新される正しい情報を手に入れること、そしてその情報を理解し、自らの立場に合った理知的な行動を取ることが必要なのだ。

(撮影=中村 治)
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