韓国警察の取り調べを受ける

竹島上陸ルートは実に単純である。まず釜山(プサン)まで行き、竹島への海上定期便が発着する日本海の孤島・鬱陵島への2ルートいずれかを採る。つまり韓国本土から鬱陵島へは、日本海に面する浦項市(ポハン・釜山からバスで2時間弱)か、ソウルの東側にある東海市まで行き、鬱陵島へのフェリーチケットを購入することである。ちなみに鬱陵島には飛行場は無い(造る計画はあるようである)。ここで第1関門。まず浦項、東海いずれから鬱陵島に渡るルートを採用しても、必ず韓国警察の取り調べを受ける。

竹島への唯一の航路が鬱陵島を経由することだ。竹島に上陸して日章旗を掲げるなどの不埒な日本人が居るとあちらとしては警察の責任問題になるので、鬱陵島に渡る時点で日本人は全員、フェリー乗り場の別室にある韓国警察の駐在所に連れていかれ、「鬱陵島への渡航目的は?」と念入りに聞かれる。私を取り調べた韓国警察は日本語に堪能であったので、会話はすべて日本語。「もちろんあなたも知っているでしょうが、鬱陵島からは独島(韓国側呼称)へ行くことができますが、行く予定はないですよね? まさかないですよね?」などと、なおも執拗に訊いてくる。パスポートは当然のこと、荷物は全部チェックされ、パスポートの複写と韓国語で書いた人定調査書をFAXで鬱陵島韓国警察に事前から送信されてようやくOKがでる。

ここでの私の受け答えは「私はアマチュアカメラマンなので、鬱陵島の山や自然を撮影することが目的です」と適当に欺瞞ぎまんしていれば何ら問題はない。

鬱陵島に到着

さて韓国本土から鬱陵島は大型フェリーで約3時間強というところ。鬱陵島は、あまり知られていないが李氏朝鮮時代に海賊が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしたので「空島政策」という無人島政策を李朝が採用した隙に、江戸時代に日本人が入植してプチ開拓した事実がある。朝鮮を侵略した秀吉政権とは違い、徳川幕府は平和路線を重視したので、李朝からの抗議により鬱陵島の領有を放棄した(このことを竹島一件と呼ぶ=江戸期の鬱陵島の呼称は竹島であった)。

鬱陵島は小さな島でこれといった観光資源もない漁業(主にイカ)の地域であるが、日本で言う小笠原諸島のような海からしか行けない場所ゆえに秘境感があり、ソウル方面からの観光客が訪れる場合が多い。勿論、鬱陵島に着いた段階で日本人と思われる観光客は私以外に皆無だったが、もの好きの欧米人もちらほらと居た。異国の地で事前にホテルを予約することが嫌いな私は、街を適当にほっつき歩いて1泊7000円くらいの中堅ホテルに3泊することになった。

筆者作成
竹島を巡る歴史 鬱陵島問題から竹島へ