まず注目すべきは、孫権の勧めた本に二系統あること。1つは『孫子』『六韜』などの兵法書、そしてもう1つは『左伝』『国語』『戦国策』『史記』『漢書』といった歴史書だ。
この2系統の選書は、呂蒙にとって、まさしくツボにはまる内容になっていた。
呂蒙は最初、「君主に、ああまでいわれたからな」としぶしぶ本を手に取った可能性が高い。しかし、しばらくすると、その面白さに間違いなくのめり込んでいったはずだ。
なにせ、『孫子』『六韜』といった兵法書に書かれている理論は、呂蒙が過去に心血を注いできた戦いのノウハウなのだ。「この理論、自分が無意識のうちにやっていたことと同じじゃないか」「こんな斬新なやり方もあったのか」と、はまらないわけがない内容なのだ。
さらに、『左伝』や『戦国策』といった歴史書には、現実における戦いや策略のバリエーションが豊富に記されている。「その昔、同じ状況で自分より巧みな手を打った将軍がいる」「こうすると墓穴を掘るのか」などと、やはり読んで目から鱗が落ちる思いだったに違いない。
ビジネスに例えるなら、現場たたき上げの体育会系営業部長が、良質の理論書や、ケーススタディを学ぶ喜びを知って、知性派部長に早変わりした感じだ。
孫権の考え抜かれた選書が、呂蒙という部下を1段飛躍させたのだ。
さらに、これを先ほどの30代中堅社員にあてはめると、次のようになる。
仕事上のことで悩んでいたり、頭打ちになったりしている部下がいる。そこで、解決策をいきなり与えるわけでもなく、突き放してしまうのでもなく、ヒントになる内容の書かれた本を読ませて、自分で解決策を考えさせる――。
できるビジネスマンは幅広い読書を心がけるとは、よく言われるところだが、それは何も自己の成長のためだけではない。迷える部下を育てる、強力な武器になるから、でもある。