最低賃金の引き上げが素晴らしいのは、低生産性の元凶である中小企業をターゲットにできる点にあります。最低賃金の引き上げは日本にあるすべての企業に波及効果を及ぼしますが、真っ先に影響を受けるのは中小企業です。中小企業がいまより高い賃金を労働者に払うためには、会社の規模を大きくして生産性を高めるしかない。最低賃金の引き上げによって中小企業が中堅企業に成長することを促して、それが日本全体を豊かにすることにつながるのです。

小西美術工藝社社長 デービッド・アトキンソン氏

最低賃金の引き上げは、日本の生産性を高める特効薬──。

その持論を展開したところ、ある大学の先生に噛みつかれて喧嘩になったことがあります。日本も最低賃金は引き上げられているが、生産性は上がっていない。アトキンソンの言うことはインチキだというわけです。

正直、耳を疑いました。たしかに表層的にはそうですよ。しかし、最低賃金を引き上げるのは、まず中小企業の企業規模を大きくさせるためです。規模を変えないままでは、生産性向上やさらなる賃上げも難しい。その先生はそうした前提が抜けていて、私の主張を「最低賃金さえ上げれば、中小企業の生産性は勝手に上がる」と曲解していました。日本は最低賃金の上昇幅が不十分で、中小企業の淘汰・再編が進んでいないから、生産性が上がらないのは当然です。

もちろん最低賃金を引き上げても、会社を成長させられず、単に利益を減らすだけの企業が出てくるでしょう。しかし、それで経営難に陥るような会社に無理して続けてもらう必要はありません。退場してもらったほうが日本のためです。中小企業の数が多すぎることが日本経済の足を引っ張っているのだから、減るのは日本経済にとって素晴らしいこと。それこそが最低賃金を引き上げる狙いといっていい。

毎年5%ずつ上げても雇用は増える

最低賃金を引き上げれば中小企業が倒産したり社員を解雇して、失業者が増えると反論する人もいます。筋が通った主張に聞こえるかもしれませんが、現実と乖離した思い込みと言わざるをえません。実際に起きているのは逆の現象なのですから。

日本の最低賃金は低水準ですが、毎年引き上げられています。反対派の主張通りなら、失業者が増えるはず。しかし安倍政権になってから、就業者数は逆に469万人増加しています。

じつはこの間、生産年齢人口は521万人減っています。人口が減っているのに就業者が増えているということは、労働参加率がかなり高まった、つまりこれまで働いていなかった人が仕事をするようになったことを意味します。具体的に就業者が増えているのは18~24歳と60歳以上。そしてそのうちの約4分の3は女性です(図④)。

若者、高齢者、女性に共通するのは賃金が比較的低いことです。それゆえこの層は従来、「時給1000円以下は交通費を考えると割に合わない」と考えて家にいた人も少なくなかった。しかし最低賃金が上がってきたことで、「1000円を超えるなら働いてもいいか」と考え始めたわけです。

受け皿となる企業側はどうか。最低賃金が上がれば、まず中小企業は高い賃金を払うために規模を大きくしなくてはならず、雇用を増やします。それができない中小企業は統廃合されて、それまで雇用されていた人は、より大きな中堅企業や大企業が受け皿になってくれます。中小企業の数が減っても、雇用がなくなるわけではないのです。