パナソニックは今(08年度)も国内が売り上げの53%を占めている。日本市場に依存していたという表現は適切ではなく、むしろ、目が国内に向いていたといったほうがいいのではないだろうか。日本メーカーは、日本人の厳しい目にかなう商品をつくり続けてきたからこそ海外でも勝負できるという論理はこれまでも語られてきた。同社が白モノを欧州で本格的に売ろうという決断に至ったのは、売るべきものを売っていなかったことに加えて、「製品力から見て、現地で売られているメーカーの製品と比べても十分戦える」(大坪社長)機能や性能を有する「機能的価値(※1)」の優位性を確信したからである。洗濯機を例にすれば、省エネ、節水など、環境志向が強まる欧州の消費者に受ける要素を十分備えている。

テレビや洗濯機、冷蔵庫といった家電製品における、パナソニックの機能的価値は他社の追随を許さない。企業向けの製品や部品を生産・販売している同社においても、大衆とともに歩むという大阪企業の企業文化は根強く残っている。大衆受けする価格競争力により機能的価値の魅力を増す。コストパフォーマンスも含めた機能的価値は、基本的にグローバルで通じる概念である。しかし、通じない市場もある。それを説明するために腕時計の事例をあげておこう。

シチズンはアナログクオーツ時計の機構部品(ムーブメント)を世界で初めて開発し、自社製品に使うだけでなく香港メーカーをはじめとする他社に外販することで、時計業界にイノベーションを起こしシェア一位を達成したにもかかわらず、結果的には儲からなかった。続いて同市場に参入したセイコーグループとの価格競争に走ったからである。昔の電卓、現在の薄型テレビの消耗戦に似ている。漁夫の利を占めたのは、イノベーションなど尻目に従来の機械式時計のブランドイメージに磨きをかけたローレックスをはじめとするスイスの時計メーカーだった。

シチズンやセイコーの関係者は口を揃えたように言う。

「いくら頑張っても欧州のメーカーには勝てません」

なぜか。それは説明するまでもない。「意味的価値(※2)」が見え隠れしているからだ。欧州の時計は磨き抜かれた機能だけでなく、それ以上に欧州が伝統的文化を背景に培ってきた「憧憬の価値」が背景にある。トヨタやホンダのハイブリッドカーよりも燃費が悪くても、はるかに高価格のベンツやBMWの自動車を購入する消費者心理に似ている。

※1:延岡健太郎・一橋大学イノベーション研究センター教授は、機能によって客観的に決まる価値を「機能的価値」と呼ぶ。
※2:延岡健太郎・一橋大学イノベーション研究センター教授は、「機能的価値」に対して顧客の主観的な意味づけで決まる価値を「意味的価値」と呼ぶ。

※すべて雑誌掲載当時

(奥村 森、浮田輝雄=撮影)