どうみても高所得者に対する優遇感は否めない

手続きはどうであれ、これで年金不安が解消すれば問題はない。問題は中身だ。例えば適用拡大によって、1050万人が新たに厚生年金に加入するケースを想定してみよう。

厚労省の試算によると適用拡大にともない被保険者は、①国民年金から厚生年金に乗り換える人が400万人、②専業主婦から厚生年金に移る人が350万人、③無年金から厚生年金に新規加入する人が300万人にのぼると想定している。

このうち、国民年金から厚生年金に移る人は、賃金の多寡にもよるが月々の保険料は低下するとみられ、適用拡大のメリットを受けられる。だが、②と③のケースはでは、新たに月々の保険料を7000円から8000円程度負担することになる。特に③の場合は将来的に年金を受け取ることが可能になるとはいえ、消費増税同様に目先的には逆進性の伴う新たな負担を負わされるのである。

半面、在職老齢年金を見直すことによって60歳から64歳までの高齢者は、賃金が同じであっても年金の支給額は増える。制度改正のメリットは大きいうえに、この層の高齢者は企業年金に加入している人が多い。どうみても高所得者に対する優遇感は否めない。

全世代型改革で苦しむのは低所得者や無年金層

適用拡大によって企業の負担も増える。厚労省の試算によると、加入条件である従業員規模を50人超とした場合の企業負担は1590億円にのぼる。以下、100人超で1130億円、適用要件を撤廃した場合は3160億円それぞれ企業の負担が拡大する。

適用拡大の対象となる企業は大半が中小・零細企業である。労使折半となっている保険料の企業負担も決して軽くはない。だが、安倍政権は中小企業への配慮も怠らない。「中小企業・小規模事業者の生産性向上への支援を図るため、ITツールの導入支援等を複数年にわたって継続的に実施する仕組みを構築する」(中間報告)と手厚い支援を約束している。

老齢世代の比較的恵まれている在職者、これまで厚生年金の保険料負担がなかった中小企業には細やかな配慮が行き届いている。それにひきかえ、無年金者を筆頭に低所得者への配慮は、遠い将来のわずかな年金の受給権だけである。心細い限りだ。これだと全世代型改革の下で割りを食うのは低所得者や無年金層ということになる。

少子高齢化が進展する中で社会保障に問われているのは、旧来の発想の延長線上にある改善ではなく、新しい時代に対応した新しい発想の導入である。例えば、公的年金だけではなく、私的年金を含めたトータルな改革である。人口が減少する現役世代の公的年金負担を減らし、その分は私的年金の無税枠を増やしてやる。これをやると既裁定者の受給額に穴があく可能性がある。その分は国が負担する。

この他にも新しいアイデアはいくらでもあるだろう。「結論ありき」の表面的な改善ではなく、年金に通じた専門家の新しい発想や現役世代の希望を取り込むなど、時代にあった改革に取り組むことだ。

検討会議の発足にあたって安倍首相は、「改善ではなく改革を行う」と大見得を切った。だが、やっていることは改革派の意見には耳を貸さず、改善派の提唱する路線の上をひた走っている。改善だけで日本の社会保障は持つのか、若い世代をはじめ現役世代の多くはそこに大きな不安を感じている。

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