「人口」のミルクでは補えないもの

人工乳は改良が進み、成分などの面では、母乳と遜色がないまでに改善されてきている。ただ、母乳を吸われると、母親の体内ばかりか、脳内でオキシトシンの分泌が促進される。その点だけは、人工乳の成分をいかに改良しようとも、補いきれない。

しかも、母親の職場進出の影響で、離乳の時期が早まる傾向にあるとされる。

チンパンジーは、人間と同じくらい長い幼児期を持ち、九歳頃に思春期を迎え、大人になるまでに十数年かかる。離乳は三歳から七歳頃、平均で五歳くらいだという。昼間は群れの仲間と過ごすようになっても、離乳までは、夜は母親にくっついて過ごす。

チンパンジーよりさらに進化し、さらに長い子ども時代を持つ人間は、十~十二歳頃に思春期を迎え、成熟に十八~二十年を要する。ところが、離乳は二歳頃と異常に早まっているのだ。しかも、母親のお乳は早々と止まってしまい、人工乳で代替しているということも多い。

文化人類学的な研究によると、このような早期の離乳は、西欧社会に特異的な現象であり、元来多くの社会では、もっと遅くまで母乳を与えるのが一般的だった。七歳かそれ以上の年齢まで与える例も知られている。

今日のミルクが、栄養学的には母乳と遜色がないほど改良されているとしても、愛着への影響は免れないだろう。女性が働くために、一番の障害になることの一つが、授乳である。女性の職場進出は、人工乳の開発によって支えられてきたともいえるが、栄養面とは別の部分で、子どもたちにしわ寄せがいかざるを得なかったと思われる。

愛着障害の子が親になると悪循環が起こる

一九六〇年頃を起点として、アメリカ社会では、女性の就労率の増加、離婚の増加が、虐待の増加と並行する形で生じていた。それを支えるために人工乳が普及し、離乳が早められた。また、近代的な設備の整った産院での出産が一般化し、新生児室が普及したのも、その時期であった。

岡田尊司『死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威』(光文社)

これらはいずれも、愛着障害や不安定な愛着のリスクを増大させると考えられる。そして、一九六〇年代以降、最初は徐々に、その後勢いを増して、愛着障害や不安定な愛着との関連が強い疾患や障害が広まっていくのである。

そこには、愛着障害の世代間伝播と再生産の仕組みが関わっているだろう。

何らかの事情で、不安定な愛着しか育まれなかったとき、適切な手当てや支援を受けなければ、その人が親になったとき、適切な養育ができず、その子どもが愛着障害を抱えやすくなる。

そうした場合、問題は緩和されるというよりも、世代を経るごとに深刻化していきやすい。

第一世代では、親は安定した愛着を持っていて、ただ忙しくて子どもに関われなかっただけかもしれない。しかし、第二世代になると、もともと不安定な愛着を抱えていて、子育てに困難を抱えやすいうえに、社会進出がいっそう進む中で、職場から求められる負担も大きい。そうした中で、虐待も起きやすくなるだろう。その子どもは、より深刻な愛着障害を抱えやすくなる。その第三世代の子が、親になって、さらに子どもを育てるのである。パートナーも愛着障害を抱えやすく、夫婦の関係も不安定になりがちだ。困難は増さざるを得ない。

社会的なサポートによって、母親を守る手立てを講じない限り、この悪循環は止められない。

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