無意味な時間こそ本当の贅沢
柿沢氏は授業を抜け出し、よく校舎の屋上に上ったという。何人もの生徒たちが屯(たむろ)していて、“屋上組”と呼ばれていたそうだ。
城址に寝転んだ石川啄木は「空に吸はれし十五の心」と詠んだが、柿沢氏とその友人たちは、元麻布の高台から何を想像していたのだろうか。
「そんなにいいものでもないと思いますけど(笑)。しかし、単調な勉強一色ではなく、仲間と過ごす無意味な時間こそ贅沢かもしれない。麻布生は有り余る自由の中で自分のやりたいことを見つけるのかもしれません。まじめな開成と比べて、起業家やアーティストが多いのもそういった気風に育まれるのかもしれない」
自由な校風に浸りすぎた柿沢氏は2浪してしまうが、東京大学に入学。麻布の現役高校生に対し柿沢氏は、「足踏みはしたけれど、後から軌道修正できた。その足踏みだっていい経験です。だから高校時代は、勉強よりも、その時しかできないことをやるべき。多少の踏み外しは、大目に見てもらえます。あれほど楽しい期間は、二度とありませんからね」と、エールを送る。
生徒の受験に口を出さない教師たち
「君はどこを受けるんだ?」
「東大です」
「そうか、じゃあ頑張って!」
麻布の高校3年生を対象とする進路指導はこれで終わる。
同校で英語とフランス語を教える村上健氏は言う。「OBの皆さんが仰っていたと思いますが、麻布では進路選択を生徒に任せています。教師は質問されれば答えるけれど、果たしてそれが参考になっているか(笑)。また、予備校のように受験に特化した授業もあまりない。親御さんも麻布がそういう学校であることを知っているので、クレームが寄せられることはありません」。
そこで行われる授業が、先に紹介したような自由で個性的な授業だ。それでは現役教師の村上氏は、どのような授業をしているのか。
英語は中学から始めて4年、高校2年にもなると生徒間に大きな学力差が生じるそうだ。「今東大を受けても合格できるような生徒がいる反面、サボってしまい中学2年程度の英語力しかない子もいる。どのレベルの授業をすればいいのか迷いました」。また大学受験に役立つ授業を求める生徒がいる一方で、過去問の演習などをすると「そういうのは塾でやるから、学校ではもっと面白いもの、中身のあるものをやって欲しい」という生徒もいる。