「英語に触れている」という感覚を大切にする

多様な生徒の要望に応えようと四苦八苦した村上氏は、10年ほど前から授業方針を転換した。「自分が一番面白いと思うもの、英語に触れていると本当に手応えを感じるものに変えました」。その一つが、洋画のワンシーンを文字に起こし、そこに空欄を設けて穴埋めする授業だ。台詞(せりふ)を聞き取り、空欄を埋めていく過程で、わからない単語や構文を理解していくのだという。扱われた映画は、『マトリックス』『羊たちの沈黙』など多種多様。映画鑑賞という娯楽性を持ちつつ、リアリティある英語は生徒からも好評で、東大に進学した生徒からは、「大学の英語より充実している」と言われたそうだ。

村上氏は、「ハリウッド映画は何百億円というお金が投じられ、練られた脚本を一流の俳優が演じます。教科書に出てくる会話とは迫力が違う。気の利いた言い回し、心に残る台詞も多く、英語の勉強にはもってこいなのです」と解説してくれた。

またある時は、生徒から「自分で教材を選びたい」と提案があり、面白い音源を各自で集め、プリントを作成した。出てきたのは、オバマやケネディの大統領就任演説、日本のアニメの英語吹き替え版など。「私もびっくりするぐらい、いい教材が集まりました。自分や同級生が選んだ教材とあって、授業に取り組む生徒の姿勢も変わった」と村上氏。

もっとも、全国有数の進学校であるだけに、教師をなめてかかる生徒も多い。着任したばかりの若手教師は、生徒から信頼を勝ち得るのに時間がかかるケースもあるそうだ。

放任主義の“背後”にある生徒への手厚いフォロー

一方で、「自由放任」と言われる麻布だが、退学者も停学者もほとんど出ていない。

「確かに麻布高校は自由だし、放任かもしれない。けれど教師は、実は生徒一人ひとりをよく見ています。時に脇道にそれてしまう生徒もいるけれど、更生する余地は必ずあるから、教員は問題を起こした生徒を徹底してフォローします」

麻布の教員は、教科ごとの教科会と、学年ごとの学年会に所属する。生活指導は学年会が担い、週に一度、会議を開いて、「どうやらA君はB君に嫌がらせしているようだ」など、教員全員で学年の情報を細かく共有する。何かトラブルが発生すれば、学年会が総出で解決を探る。「学年会も教科会もそれぞれに権限が委ねられているので、必要とあらば何でもします。一方、トップダウンで指示することは難しいので、校長はやりにくいかもしれませんね(笑)」。