「何かしてもらったことに感謝するのはある意味で当たり前です。大切なのは、何もしてもらわなくても感謝の念を持つことです。見返りを求めるのでは本当の感謝とは言えません。みなさんは自分が礼を尽くしたのにお客様から無視されたり、横柄な態度を取られたりしたこともあるでしょう。しかし、それでもお客様を心の底から大切にして感謝するのが本当の感謝です。『お客様から愛されるCAになりたい』と話した人もいましたね。それよりも、お客様を愛することのできるCAを目指しましょう。愛されようとしてサービスをするのではなく、家族に対する愛情と同じような愛情をもってお客様と接することのほうが大事です」
なぜ仕事でも死生観を大切にするか
稲盛さんは優しく教え諭すだけではなく、厳しく叱ることもあります。経営破綻にともない、JALでは費用のかさむパイロット候補生の訓練は中止され、彼らは地上勤務に就くことになりました。しかし子供の頃からパイロットを目指してきた彼らは、少なからず不満を溜め込んでいました。
そこで稲盛さんは、立食でのコンパを開き「再建が成功すれば訓練は再開できるのだから、まずは再建に向けて一緒にがんばろう」と諭しました。ところが彼らは納得せず、強い言葉で反論してきたのです。
稲盛さんが目指すのは、すべての社員が経営者目線を持つ全員参加の経営です。ところがこのときの彼らは、「早くパイロットになりたい」という自分の都合しか考えていなかった。だから稲盛さんは本気で怒り、激論になりました。
ところが議論をいったん終えると、稲盛さんは一転して優しい顔で、彼らにビールを注ぎ始めたのです。
稲盛さんはおそらく、若い彼らに「気持ちはわかる」と言いたかったのでしょう。あれほど激論した直後に、深い共感を示すことができるのですから、やはり器の大きさを感じさせます。彼らは素直にうなずき、その後、不満は聞かれなくなりました。
このような稲盛さんの行動のベースになっているのが、稲盛さんの死生観・人生観だと思います。稲盛さんは、日々の仕事に追われるようなビジネスマンでは決して思いつかない壮大な構想を折々に描き、実現されてきました。それができるのも稲盛さんには確固たる哲学、そして死生観があるからだと思うのです
たとえばDDIを創業したのは、官営企業による市場独占は国民のためによくないことであり、通信市場の自由化が決まったからには、巨大官営企業に挑む健全な競争相手がなければならないと考えたからです。国際賞として京都賞を創設されたことも、若手経営者をボランティアで育成する盛和塾を始められたのも、ひとつとして利己的な動機がなく、世の中の役に立つことを第一に考えています。だからまわりの人がついてくるし、大きな構想も実現できるのです。