「恋人もできないまま、40代、50代になってしまう」
さらに、デフレ経済の中で小売店が乱立しており、価格競争に巻き込まれている量販店の生き残りは厳しい。拓也さんの会社でも店舗が統廃合され、やがて東京に異動することとなった。相変わらずサービス残業が続き、拓也さんが「過労死寸前まで働いて、せめて労働の対価はきちんと得たい」と、未払い分賃金について支払いを求めると、ほどなく契約を打ち切られた。
とにかく食いつなぐために、拓也さんは配送センターや食品工場で夜勤の日雇いアルバイトに打ち込んだ。そして、こう悟った。
「焦って仕事を探しても正社員にはなれない。このままでは、いつまで経っても恋人すらできないで40代、50代になってしまう」
飲食店や小売店は、求人はあるものの賃金が安い。また、非正規が多く、事態は好転しない。国税庁の「民間給与実態統計調査」によれば、「卸売・小売業」の平均給与(賞与含む)は364万円、最も多い給与分布は100万~200万円以下で全体の19.5%を占める(2016年)。
拓也さんは、失業と隣り合わせで働くという負のスパイラルから脱却するため、いったんリセットする覚悟を決めた。生活費を切り詰めるために、家賃4万円の公営住宅に引っ越した。月15万円の失業給付を受けながら、正社員として就職できるよう、職業訓練校に通い出し、パソコンスキルなどの習得に励むことにしたのだった。
不安定雇用から脱せない現実
そもそも企業は、長く非正社員が続いた人材を中途採用などで正社員採用するかといえば消極的だ。さらに、拓也さんのようにコスト削減効果や利益構造に限界のある小売りなど、業界内での転職や賃金アップ、正社員への転換がそう簡単ではないケースでは、業種や職種転換を図らなければ、不安定雇用から脱せない現実がある。
企業の中で起こった「非正規使い捨て」や「名ばかり正社員化」は、若手労働力を成長させるチャンスを奪ってきた。組織の中で揉まれない限り、企業が望むスキルは身につかないことが多い。
企業側には、どうしても「一緒に仕事をしてみて、能力を見極めたい」という志向が根強い。また、間接雇用の導入は、人材ビジネス会社に事実上、人事採用のアウトソーシングをしていることになり、個々の企業内で人材を見極める目がなくなりつつある。
そうしたことから、非正社員が正社員に転換するのは、同じ企業内であることが多く、職場から分断されたところで職業訓練を受けても、安定した雇用に結びつきにくいという問題が残る。非正社員がそこから這い上がるには、働きながら職業訓練できるトライアル雇用のような仕組みの拡充が必要なのではないだろうか。
そして、企業に人材育成の余力がない今、行政が企業をバックアップする形でセーフティネットを構築しなければならない。
労働経済ジャーナリスト
1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業。株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年より現職。13年「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 保育格差』など。